【作者はここを読んでほしい!】『最強秘匿の英雄教師』の左和ゆうすけ先生が選ぶ試し読みが公開
新・試し読み企画『作者はここを読んで欲しい!』
試し読みは冒頭から。そんな固定概念を崩して、作者が自ら選んだシーンを読者に直接読んでもらい、作品の面白さや楽しさを違った形で伝える新企画『作者はここを読んで欲しい!』。今回は講談社ラノベ文庫より、2016年6月2日に『最強秘匿の英雄教師』が発売となった左和ゆうすけ先生に選んでいただきました。左和ゆうすけ先生が選ぶ『最強秘匿の英雄教師』注目のシーンとはいったいどこか。本作に初めて触れる読者はもちろん、既に本作を読んだ読者も、作者はどんなシーンを「読んでもらいたい」と選んだのか、ぜひ確認してみてください。選んだシーンは3つ。なぜそのシーンを選んだのか、作者本人のコメントもあわせて紹介します。
⇒ 講談社ラノベ文庫公式サイトにて第2章まで試し読みも公開中
裏切りの英雄、教壇に立つ――!?
【あらすじ】 何処かより現れ、人々に害をなす漆黒の悪魔──デモニア。その悪魔の力を用いてデモニアと戦うのが、劔氣士と呼ばれる存在だ。かつて最強の英雄として讃えられていた劔氣士ラッシュ・ブレードは、敵に操られたことにより、突如人類を裏切り、多くの貴重な劔氣士を葬って多大な被害をもたらした。人類最強の英雄にして、人間に仇なした忌まわしき存在となってしまったラッシュ。そんな彼に唯一提示された、罪を償う方法――それは、名前と姿を変え、学校の教師になることだった。そしてラッシュは、命を賭して彼を救ったかつての恋人の妹ミユキとともに、劔氣士養成学校に向かう。だが、そこで出会った生徒たちは、みな一癖も二癖もある存在で……!? |
【その1】授業をすべて持久走にすると発言したときのシーン
【左和ゆうすけ先生のコメント】 このシーンを選んだ理由は、この場面が主人公ラッシュと生徒たちの今の関係を端的に示し、今後の展開を想起させる象徴的なシーンだと思ったからです。主人公の天才特有の感覚的な説明が理解されず、生徒たちからは反感を買い、信頼関係を築くことに完全に失敗しています。それは一見滑稽でありながらも、この世界観の重厚さからは、悲劇にもなりうる印象的な場面です。ですが、とある理由より主人公を憎悪しているはずのミユキが、自分の感情を押し殺して、主人公を「信頼している」と発言。なんでもないようなシーンにも見えますが、本編を読んだ後だと、ミユキの複雑な心情とこの世界の悲劇に対する覚悟が垣間見えて、よりおもしろさが増すと思います。 |
「先生。その……、ルヴィナスを向上させたいというお気持ちはうれしいのですが、持久走とルヴィナスとの相関がよくわからないのですが……」
先の話を生徒たちに話したところ、クラス中がざわざわと騒がしくなり、アカリが代表して質問をしてきた。
「関連性がよくわからない、と言うんだな?」
「はい。そうです」
アカリは戸惑いながら、しかしはっきりした口調で答えた。
「実は俺もよくわからん」
「……は?」
「よくわからんが、ルヴィナスを発動して、だんだんつらくなってくる感覚と、持久走でつらくなってくる感覚と、どこか似ていないか?」
「言われてみれば、似ているような……」
「だから、持久走できつくなったときに耐える訓練をすると、ルヴィナスの持久力も伸びるような気がするんだ」
「しかし、でもそれは……。なんだか、先生の思い付きのように感じられますわ」
「確かに思い付きだが、真剣に考えた上での思い付きだ」
「ふざけんな、テメエ!」
ジェイクが机をバンと叩いて立ち上がった。
「だいたい、ルヴィナスが使えないくせして、何が『似ている気がする』だ。いい加減なこと言うんじゃねえよ!」
「今はルヴィナスが使えないが、使った経験はある。アカリだって、似ているって言ったじゃないか」
「それは──、そうかもしれないと言っただけで、断言したわけでは──」
矛先を向けられたアカリは、慌てて否定した。
「え? そうなのか? 似ていると思うけどなぁ。似ていると思う奴はいないのか?」
誰もが互いの顔を窺うなか、クラスの中央で手が一本、ピンと伸びる。コトミ・ソフィーナだった。
「おおっ、コトミ。お前もそう思うか?」
「テメエ、裏切りやがったな」
ジェイクがコトミに対して怒声を浴びせた。
「裏切るも何も、そんな約束した覚えはないのです。自分の感覚からも、持久走で疲れたときと感覚が似ているから、手を挙げただけなのです」
「ふざけんな。お前は実技が苦手だから手を挙げただけだろ!」
「なっ!? 苦手じゃないのです! 今に実技でも一番になってやるのです!」
コトミが顔を真っ赤にして吼える。
「先生」
もう一人、コティ・ラムレーズンが手を挙げた。
「おう、コティもそう思うんだな?」
「別にそんなんじゃないよ。ちょっと意見があるので、手を挙げた感じかな」
コティは速攻で否定した。
「なんだ?」
「似てるかどうかよりもさ、賛成か反対か、決をとったらどうかな?
一人でも賛成がいれば、先生の考えに従うよ。ちなみに私はごめんなさいだけど、大反対かな。さすがに学費を払ってくれているフェミナンドールの王様に申し訳ないし」
「いきなり〝大〟とか付けるなよ」ラッシュは苦笑して、「まぁ、一人くらいならいるだろ。じゃあ、とりあえず多数決をとるぞ。賛成のやつ手を挙げてくれ」
しかし、ラッシュの楽観的な考えに反し、手を挙げる者は一人もいなかった。
「え? 誰もいないのか。マジで? コトミ、お前は?」
「反対なのです。持久走に似ているかどうかは、似ていると答えたのですが、だからと言って相関関係がある訳がないのです。賛成と思われるのは心外なのです」
そっかぁ、とラッシュが内心で落胆したときだ。教室がざわざわと騒がしくなった。
ラッシュは何事かと思い、生徒たちの視線を追っていく。そこには無表情のまま手を挙げるミユキの姿があった。
「あの、ミユキ先生。どういう意味でしょうか?」
アカリが訝しみながら問うた。
「見てのとおり、私はアレス先生の考えに賛成という意味だ。……若い頃は何かと間違いを起こすものだ。その最たるが、早急に結果ばかりを追い求めてしまうこと。しかし、努力に近道はない。目に見えぬ積み重ねこそが重要なこともある。アレス先生の考えは遠回りに感じるかもしれないが、ルヴィナスの向上のためには必要なことだ」
「ミユキ先生。お言葉ですが、私たちは何も努力を否定しているわけではありません。アレス先生の授業が見当外れの道を突き進もうとしているから、反対しているまでです」
「それでいいのかよ! ミユキ先生」大声を張り上げたのはジェイクだ。「剣術の授業も乗馬の授業も全部やらないって言ってるんだぞ。こんな訳のわからねえ糞みたいな意見で、ミユキ先生の授業もなくなってしまうんだぞ?」
「ミユキ先生の授業、私大好きです。とっても丁寧で、貴族の先生みたいに、私たちが平民ってことで差別しないし。ミユキ先生の授業なら、私たちもっと強くなれる気がするんです!」
女生徒が感情のこもった声で言い、「そうだ、そうだ」と賛同する声が次々にあがる。
こりゃ、無理かな。とラッシュが思ったときだ。
「──私は」
ミユキが再び口を開く。みな、その続きを聞こうと、息を呑んで言葉を待った。
一瞬の静寂があたりを包み込む。
「私は──アレス先生を信じている。私には騎士になるための授業はできても、劍氣士になるための授業はできない。そして、こと劍氣士に関する授業において、アレス先生の右に出る者はいないと信じている」
【その2】戦闘シーン
【左和ゆうすけ先生のコメント】 このシーンを選んだ理由は、個人的に戦闘シーンが好きだからです。恐怖が染み渡っていくような、心臓の鼓動が聞こえるような、そんな戦闘シーンが好きです。短い文章でどこまでその雰囲気を感じ取ってもらえるかはわかりませんが、頑張って書いたシーンなので気に入っていただけるとうれしいです。 |
「っつ、いった~」
コティが悲鳴をあげる。右足が変な向きに折れ曲がっていた。これでは走ることはできない。
コトミとイマリが両脇からコティを支え、誰もいない廊下を移動しはじめる。
「ごめんね。ごめんね」
コティが半泣きになりながら謝る。
「大丈夫なのです。何も心配はいらないのです。で、デモニアなんて怖くないので──」
ぴたりと、コトミの足が止まった。やや遅れて、イマリの足も止まる。
「どうした──ひっ!」
疑問の声を発したコティも、すぐにその存在に気づいた。
廊下の先、薄闇の向こうに、黒い影が立っていた。手足の長い人型の影。だが、それが人間でないことは、すぐに理解できた。
漆黒の体躯に極端な猫背。頭部は蟷螂そのもので、床まで伸びた両腕からは、バラの茎のように棘が生えている。瞳の色は黒。──黒のデモニアだった。
デモニアはゆっくりとコトミたちのほうへ近づいてきた。こちらが捕捉されているのは間違いないだろう。コティを連れた状態で逃げるのはおそらく不可能だ。
「だ、大丈夫なのです。私のルヴィナスは緑。く、黒なんて雑魚でしかないのです」
コトミはコティたちを庇うように前に立ち、再度ルヴィナスを展開、ナイフ程度の小さなヴァリキュラス・ソードを顕現させる。
しかし、その切っ先は小刻みに震え、一向に定まらなかった。
自分のほうが強い。頭ではそれが分かっている。しかし、デモニアの放つ独特の恐怖の前に、コトミは気持ちの面で負けていた。
村が襲われ両親を殺されたときに初めてデモニアに会った。そのあとは本でその姿を確認しただけだ。
知識だけならある。あのデモニアの名前はマンティア。両腕が硬質化しているので、並のヴァリキュラス・ソードでは切断することはできない。弱点の属性は斧で、両腕を振り回して頭部を狙ってくることが多い。
だけど、それだけだった。
ずっと忘れていた。たぶん、忘れようとしていた。デモニアがこんなにも禍々しい存在であることを。漆黒の悪魔は、文字通り悪魔としての恐怖を背負っているのだと。
生存率五十パーセント。それがデモニアとの初陣で生き残る確率だ。その初陣を乗り越えれば、その後の戦場での生存率は八十パーセントを超えると言われている。
カラーは関係ない。どんなに強力なルヴィナスを発現できたとしても、ヴァリキュラス・ソード以外の部分は生身の人間なのだ。ほんの少しの油断と、少しの立ちすくみで、容易に命を刈り取られてしまう。
コトミもまた、その選別の中にあった。
ガチガチと奥歯が鳴る。緊張すればするほど、体が硬くなるのを感じる。怖い怖い怖い怖い怖い怖い。逃げ出したい逃げ出したい逃げ出したい逃げ出したい!
気が遠くなりそうだった。心臓が破裂しそうに、激しく血流を巡らせる。
「……はあ、……はあ」
気がつくと荒い息を吐いていた。圧倒的な死の恐怖を前にして、杭を打ち付けられたように足が動かない。
デモニアが近づいてくる。近づくにつれ、その禍々しい容姿が現実のモノとなっていく。
もうすぐ間合いだ。
動け、動け、動け!
コトミは必死に、心の中で叫んだ。ルヴィナスの強さはこちらが上。一撃当てれば、それで勝負はつく。
なのに──。
先に動いたのはデモニアのほうだった。長い腕を鞭のようにしならせ、振り回してきた。
ゆっくりと、すべてがスローモーションのように見えた。
──私は、死ぬ。
コトミはその事実を他人事のように自覚する。
次の瞬間、凄まじい衝撃がコトミの頭部を襲った。
【その3】主人公が生徒たちを戦場に行かせたくないと発言したシーン
【左和ゆうすけ先生のコメント】 このシーンを選んだ理由は、主人公の背負った罪と責任、それに相対する教師としての心情が、端的に示されたシーンだからです。「生徒の将来を想う」という、教師としては当然で、しかし主人公にとっては、今まで感じたこともない特別な感情。ある意味成長ともとれるその心情の変化は、罪を背負った主人公が持つにはあまりにも不謹慎で、ある意味滑稽で、悲劇でありながら、やるせないものでした。生徒を助けるために、かつて最強と讃えられた英雄は、果たしてどんな決断をするのか。その結末に興味を持っていただければ幸いです。 |
「逃げはしないさ。俺にはまだ、やることがある」
ラッシュは上半身を起こしながら言った。その目はどこか虚ろで、焦点が合っていなかった。
「やること?」
「……コトミはよい劍氣士に育った。実際の戦争でも役に立つだろう。俺のうぬぼれでなければ、それは学校で学んだことが役に立ったからだと思っている」
「……否定はしません。当初のコトミ・ソフィーナの実力では、緑のルヴィナスであっても黒のデモニアにやられていたでしょう」
「コトミだけじゃない。みんなそうだ。きちんとした教育を続ければ、彼らは強くなる。犬死にしなくて済むんだ。初陣での生存率は五十パーセントだという。だけど、その確率を少しでも変えることができたなら──」
ラッシュは悔しそうに顔を歪める。
あまりにも時間がなかった。もっと時間があれば、きちんとした教育をしてやれれば、彼らはもっと立派な劍氣士になれる可能性を秘めているのに。
悔やんでも悔やみきれない思いが湧き起こる。
今の生徒たちの実力では、五十パーセントの壁を越えることは難しいだろう。それは何も教育を受けていないのと同じだった。自分が何も出来ていないのと同じだった。
近々戦争の起こる可能性が高いフェミナンドールに戻ることは、半分の生徒が死ぬことを意味する。
かつてのラッシュであれば、それは仕方のないことだと思っていた。自分にできることはデモニアを倒すことのみで、劍氣士の生き死には、個人の問題だった。
新兵は五十パーセントの確率で死に、無事に初陣を生き残った劍氣士も二十パーセントの確率で死んでいく。
それが、ラッシュの持つ常識だった。今はそれに対し、歯痒い気持ちで抗いたく思っている。
なんとか彼らを救ってやりたい。そう思っていた。
「ミユキ。俺はどうしたらいい?
このままじゃ、あいつらは間違いなく生き残れないだろう。今回は大丈夫でも、次の戦いでまた駄目になるかもしれない。フェミナンドールに帰すなんて見殺しにするのと同じだ。なんとか授業を延長できないか?」
「……貴方は自分の教え子たちを戦場に送りたくない。そう、おっしゃるんですか?」
「そうだ。だから、俺に──」
「ふざけないでください!」
ミユキの悲痛な叫びがこだまする。
「今の子供たちが戦わなければならない状況を作り出したのは、どこの誰ですか!
今はどこの劍氣士も数が足りず、子供が戦場に出ることは珍しいことではありません。その元凶を作ったのは誰ですか!
それを目の前の、自分の教え子だけ救おうとするのは単なるエゴです。今この瞬間にも、デモニアによって人々は殺されています。それを救っていたのが、英雄や劍氣士たちでした。それを貴方は──」
「ミユキ、すまない」
「貴方は何に対して謝っているのですか!」
「すまない。それでも俺は、俺の生徒たちを助けたいと思っている」
作者が選んだ3つのシーンはいかがでしたでしょうか。選ばれた3つのシーンがどう繋がり、物語は加速していくのか、ぜひ本作を読んで確かめてみてください。左和ゆうすけ先生が紡ぐ『最強秘匿の英雄教師』は、講談社ラノベ文庫より好評発売中。
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