「小説家になろう」の公式WEB雑誌『N-Star』は「サイトへの原点回帰」 運営に聞く雑誌をスタートさせた理由とは
2017年11月1日、小説投稿サイト「小説家になろう」にて、公式WEB雑誌『N-Star』の運用がスタートしていることはご存知だろうか。『N-Star』は同サイトの投稿者であり、書籍化を経験している作家の新連載作品を中心に連載形式にて提供するもので、第一連載作家陣にはアニメ化企画も進行しているMFブックス刊『盾の勇者の成り上がり』のアネコユサギ氏、コミカライズ版も好調なアース・スターノベル刊『人狼への転生、魔王の副官』の漂月氏など、そうそうたる顔ぶれでスタートしているWEB雑誌だ。
出版界隈では「小説家になろう」をはじめとした小説投稿サイトを雑誌の派生と見る動きもある。ゆえに『N-Star』は雑誌と見られることも少なくはない小説投稿サイトが、真の意味で雑誌という媒体に切りこんで誕生した異色のコンテンツとも言えるだろう。フロンティアワークスによるコンテンツ提供を受けスタートした『N-Star』には、どのような狙いや意図が込められているのか。株式会社ヒナプロジェクトの取締役でもある平井氏にお話を聞いた。
Q.御社はこれまで小説投稿サイト「小説家になろう」の運営を中心に、利用者の能動性に重きを置いて活動されていたという印象を受けていました。今回の『N-Star』のスタートは、Web小説サイト「カクヨム」などでも行われている公式連載と似た試みであり、運営サイドの能動性によって誕生したコンテンツであると考えています。今回、公式という立ち位置で、WEB雑誌の運用を開始した経緯にはどのような背景があったのでしょうか。
平井:以前から「小説家になろう」の投稿システムを企業として利用したいとの申し出は各社様より頂いていました。ですが、サイトの商業利用は運営内でもかなり賛否のある部分でして、長い間実施には踏み切れずにいました。他社様では公式連載枠等を設けられているサイト様もいらっしゃいますが、個人サイトから始まったというサイト自体の特殊な経緯やユーザの方へ与える影響などを考えますと、実施をしたとしても単純に公式が許可をしているスペースという話だけでは意味が無いというのが運営内での意見でした。
平井:そんな中でフロンティアワークス様からは当初から「サイトへの原点回帰」を強く打ち出したご提案を頂いていました。ウェブ小説は作者ではなく作品にファンが着く傾向が強いので、書籍化を行われた作者様の書籍化後の小説家としての活動については運営内でも何らかの支援を出来ればと考えていた部分となります。その考えを後押しするようなご提案でしたので、今回お受けさせて頂きました。
Q.『N-Star』はどのようなユーザーに、どのような意図をもって利用してもらおうと考えているのでしょうか。『N-Star』が有する具体的な目的などもあれば教えてください。
平井:現時点では書籍化後の作者の方が小説家として活動を継続する為の支援、還元の場としての位置付けです。「サイトへの原点回帰」を意識した企画ということで『N-Star』にて執筆を行われる作者の方は「小説家になろう」より書籍化された作者の方が中心となり、作者の方へはフロンティアワークス様より原稿料もお支払い頂いております。そのため、前述の通り、まずは作者の方の書籍化後の活動を支援していく場として機能させていければと思っています。
平井:その上で、作者の方の書籍化後のヴィジョンの一つとしてご検討を頂いたり、小説家になろうに初めて訪れた読者の方の作品を読み始めるきっかけとして頂く等、他の利用者の方へも良い循環を生み出していければと思っています。
Q.御社は出版社ではありませんが、「小説家になろう」そのものが雑誌のような立ち位置であるとする見方も耳にします。敢えて雑誌という媒体に本格的に乗り出し、それも「小説家になろう」と同じ枠内におけるWebユーザーをターゲットにした理由は何だったのでしょうか。
平井:前提のとおり、弊社は出版社ではありませんので、紙媒体での展開は考えていませんでした。「小説家になろう」の新規コンテンツの一つとしての取り扱いを予定していましたのでWEBであることはまず大前提です。その上で、フロンティアワークス様と企画を詰めていく中でもっとも適切な形を考えた結果、WEB雑誌という形に落ち着きました。
平井:無制限にとにかく作品を並べ続けるといったことも、作品さえ用意すればほぼノーコストで可能なのがWebの強みの一つです。ですが、公式運営である以上それでは一般作品との差別化が難しいというお話になりました。その為、一定の数の作品を定期的に更新し、きちんと完結の目途を立たせ、また新連載も増やしていくといった雑誌形式を取ることで一般の投稿との差別化をという形になり、今回Web雑誌と銘打っています。
Q.個人的な感覚ではあるのですが、「小説家になろう」のサイト上ではプロとアマチュアを公式から隔てる要素はこれまでほとんどなかったものと認識しています。また、プロもアマチュアも関係ないという公式の姿勢も多くのユーザーに支持されていたと感じています。一方で『N-Star』は書籍化経験者をプロとして位置づけ、プロとアマチュアの境界線に公式が一歩大きく踏み込んだ印象を受けました。このタイミングでプロに大きくフォーカスした理由はなんだったのでしょうか。
平井:商業出版経験の有無だけでサイトのユーザーに対して線を引くことについては現時点でもあまり積極的ではありません。「プロ」も「アマチュア」も区別なく楽しくご利用いただけるサイトの形がやはり理想形です。
平井:ですが、書籍化を行われた作者の方とそうでない方との間で情報発信力の差がはっきりと現れるようになってきたと感じているのは事実です。このことは決して悪いばかりの状況では無いのですが、現実として情報発信力が異なる作品を同じ目線で扱うことは果たして適切であるのかというお話にどうしてもなってきます。特にランキングのようなポイント制を導入しているシステムであるならば尚更です。
平井:今回直接的に書籍化経験者の方を押し出す企画に踏み切ったのは、そういった現状を踏まえてどこまで踏み込むべきなのか、また踏み込めるのかを見定める部分もあります。「小説家になろう」のユーザーの方はサイトの商業利用についてかなり敏感な方が多いという印象がありますので、今回の企画も含めた様々な反応や意見を通して、この課題については今後も慎重に検討を重ねていきたいと思っています。
Q.最後に、「小説家になろう」より多くの作品が出版社から書籍として刊行されることも出版プロセスのひとつに定着しました。運営者として今後、「小説家になろう」が目指していく方向性や具体的な指針があればお聞かせください。
平井:運営側でサイトの方向性や指針を明確に提示することはあまりしていません。私たちは場の提供者であり、場の方向性や指針を最終的に決定づけるのはユーザーの皆様であると考えるからです。運営としては引き続きユーザーの皆様に快適にサイトをご利用頂けるよう機能やサービスの改善に尽力するほかに具体的な方針のようなものはありません。
平井:ですが、ご質問のとおり「小説家になろう」への作品の投稿は、今では出版までのプロセスの一つとして定着してきています。4つ目の質問でもお答えしましたように、この状況の変化については様々な課題も生んでいるとの認識を持っていますので、ユーザーの方の利便性向上の為にも今後検討を重ねていきたいと思っています。
取材後には『N-Star』連載作品の一部の書籍化が早くも決定している。平井氏にも語っていただいた通り『N-Star』では原稿料が発生する従来の「雑誌」におけるシステムが取り入れられ、単行本化も視野に入れられていることが明らかとなった形だ。出版における雑誌の位置づけは今、非常に厳しい状況下に置かれている。だからこそ『N-Star』の動向は大きな関心を呼ぶことになるだろう。そして「小説家になろう」を取り巻く環境は、ここ数年で目まぐるしく変化をしているものの、利用者第一という姿勢が変わることはないようだ。新たな試みとなった『N-Star』が「小説家になろう」におけるコンテンツとして、利用者に受け入れられる存在へと成長することができるのか、今後の展開からも目が離せそうにない。
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