独占インタビュー「ラノベの素」 一ツ屋赤彦先生『葡萄大陸物語 野良猫姫と言葉渡しの王』

独占インタビュー「ラノベの素」。今回は2019年6月1日にスニーカー文庫より『葡萄大陸物語 野良猫姫と言葉渡しの王』が発売された一ツ屋赤彦先生です。第24回スニーカー大賞にて「金賞」を同作で受賞し、満を持してデビューされます。数多の国が乱立する大陸において、流浪の少年が小国ランタンの次期国王に任命されて物語が大きく動き出す本作。「言葉」を大きなキーワードとした新戦記ファンタジーについて、作品の内容やキャラクターについてお聞きしました。

【あらすじ】

様々な種族がひしめき合い、“葡萄”のように国が乱立する大陸の小国ランタン。流浪の少年メルは、多言語を話せる特技をランタン王に買われ、豹人族の姫シャルネの教育係に抜擢される。己の奔放な振る舞いにも常に優しいメルに、徐々に惹かれていくシャルネ。そんな折、大国との政略結婚を控えた彼女は相手の王を怒らせ、婚姻は最悪の形で破談に。二国間の緊張が高まる中、次期ランタン王に任命されたのは、なんとメル!? 王として彼が取った起死回生の策は、“シャルネと結婚し、豹人族の支援を取り付ける”というものだった! 言葉を操り、人を繋げ、敗戦必至の大戦に挑む! 弱小王国の下克上ファンタジー、ここに開幕!

――それでは自己紹介からお願いします。

第24回スニーカー大賞の「金賞」をいただき、『葡萄大陸物語 野良猫姫と言葉渡しの王』でスニーカー文庫からデビューしました一ツ屋赤彦です。出身はデリバリーのピザが届かない、タクシーで自宅まで帰れない、玄関でタヌキがお出迎えしてくれる、そんな長野でもドの付く素敵な田舎です。とあるサッカー選手の真似をして、アーリークロスを明後日の方向に蹴っても怒る人はいません。つまり気兼ねなくボールが蹴れる恵まれた環境ということです。さらに静かな環境なので読書も捗ります。冬場は雪に閉ざされ軟禁状態に突入することで雑念が消え、読書がとても捗ります。そんなわけで好きなものは本とサッカーで、ダゾーンと契約をしてしまったのも、気になっていた本をまとめ買いしてしまったのも、すべて作品を書くために必要な致し方ない出費だ、と自分に言い訳し続ける毎日です。

――あらためて第24回スニーカー大賞「金賞」受賞の感想をお聞かせください。

金賞です、とご連絡をいただいた際は身に余る賞に驚き、脳が暫し活動を止めました。その日はずっと不思議な世界に迷い込んだようなフワフワした気分で、一晩経ってようやく実感が持てるようになりました。

――新人賞、ひいてはスニーカー大賞に応募した理由はなんだったのでしょうか。

賞に応募した動機は、一作を最後まで読んで欲しかったからです。新人賞なら必ず最後まで読んでもらえて、あわよくば一次通過して感想をいただきたいという下心もありました。スニーカー大賞に応募した理由は以前、別作品を同賞に応募させていただいた際、長文で丁寧な評価シートをいただけたことと、私が初めて読んだライトノベルが『薔薇のマリア』だった影響もあったかもしれません。応募時は受賞するなどとは夢にも思わず、水野良先生、谷川流先生、暁なつめ先生が選考員をされていることは知ってはいましたが、遠い世界の話だと思っていましたから自分の作品が最終選考に残っていると知り、先生方から選評がもらえると解った時は小躍りしました。ある意味、受賞より嬉しかったかもしれません。

――ありがとうございます。それでは受賞作『葡萄大陸物語 野良猫姫と言葉渡しの王』はどんな物語なのか教えてください。

本作は多種族が入り乱れる群雄割拠の葡萄大陸を舞台に繰り広げられるファンタジー戦記です。主人公のメルは異種族間の言語を通訳する「言葉渡し」として、大陸にあるすべての言語を操れることを買われ、他国へと嫁ぐヒロインの言語教師として雇われたことをきっかけに、国家規模の戦乱に巻き込まれて行きます。この作品には魔法や一騎当千など、個人の力で戦局を変える人物は登場しません。だからこそ人を率いる者の性格や策略が勝敗の鍵を握り、その策を実行する際に「言葉」がとても重要な役割を果たします。一つの策、一つの言葉で展開が大きく動き、王道でありながら少し変わった王様が誕生するまでの物語です。

※「言葉渡し」としてメルは激動の時代に巻き込まれていく

――本作はどのような着想で執筆をされたのでしょうか。

私は元からファンタジー作品が大好きで『薔薇のマリア』からライトノベルに入り、『アルスラーン戦記』『ロードス島戦記』などを薦められるままに読んだ結果、名作の弊害として睡眠時間を根こそぎ奪われた過去を持っています。どの作品も世界が想像を超えて無限に広がっていて、登場するちょっとした物にまで確かな手触りがあって、そこに生きる人達は脇役に至るまでしっかりと血が通っている。そんな世界を自分も作りたいと思ったのが根底にありました。実は構想段階では戦記ものではなく、ファンタジー世界を旅して異種族、異文化と触れ合いながら時々恋に落ちる、そんなほのぼのとしたラブコメ風の作品になる予定だったんです。主人公が「言葉渡し」という設定やヒロインとの関係はこの時生まれたものです。

――そこから戦記ものへとシフトしていったのはなぜだったのでしょうか。

種族特性や社会形態、文化や風習を紹介する上で一番いい方法は何かと考えた末に、比較対象を用意すれば違いが明確になるのではないかと思い、試しに古代ローマと古代中国を並べてみたところ、ふと韓信とハンニバルがもしご近所だったら一戦交えたかもしれないという妄想に取りつかれたんです(笑)。どんな条件ならどっちが勝つか、その際にどのような策を用いて、いかにして策を実行したか。当然、それを可能にする文化的な背景も深く関わってきます。その上、命がかかっていれば真剣に自分達の長所を生かし、短所を補います。敵のことも徹底的に調べ上げます。それらを踏まえて戦略も練られるわけです。そこでようやく戦を通して、原因であり背景であり原動力となる様々な文化や風習を体験する戦記ものという大筋が決まりました。

――なるほど。種族や文化に触れるという設定を活かすべく考えた結果だったんですね。あらためて戦記ものに取り組むにあたって、どんな点に力を入れられたのでしょうか。

力を入れた部分は戦における策の読み合いなどはもちろん、実行する際にどのように兵をまとめ、どんな戦術を採用するか、そこに各々のキャラクターの個性が最大限反映されるものにしたことです。この世界は多種族が存在します。そして戦は一人では成り立ちませんし、立場も能力も目的も違う人達の集まりです。だからこそ天才には天才の、秀才には秀才の、英雄には英雄の、そして凡人には凡人の戦い方を、大規模な一つの戦という形で見て欲しかったのも理由の一つでしたね。

――それでは本作に登場キャラクターについても教えてください。

主人公のメルは流民の出身で、異なる言語を通訳する「言葉渡し」として大陸内の全言語を操れることを買われ、シャルネの教育係に抜擢されることになります。メルの性格を一番よく表しているのは、土に塗れながら一つ一つ土嚢を積む場面だと思っています。天才的な閃きより、牛の歩みでも堅実に、一歩ずつ努力し、劇的に成果が上がるわけでなくとも、根気良くコツコツ積み上げるところですね。乱世に放り出すのが心配になるほど素直な性格で、多くの人の意見を聞き入れ、その影響を受けて成長していくキャラクターです。

※その生い立ちからすべての言語を操ることができるメル・アルカート

シャルネは政略結婚で他国へ嫁ぐため、メルに言語を教わる豹人族の姫です。ヒロインというより、もう一人の主人公と言った方がいいかもしれません。メルとは対極にある性格や生い立ちをしており、好き嫌いがはっきりしていて、笑ったり、怒ったり、拗ねたり、照れたり、凛々しかったりと、感情豊かでその度に動く猫耳や尻尾にまで注目して欲しいキャラクターです。生粋の姫君でありながら自由奔放で閃きや直感を頼りに本能のまま行動する反面、王族としての責任や人を率いる者としての矜持を誰よりも強く持ち合わせてもいます。

※天真爛漫でありながら王族としての風格を併せ持つ豹人族のシャルネ・ブラン

キリンは作中最強の戦士であり、一番厳しく一番優しいシャルネの教育係兼お世話役です。子供の頃から共に育ったシャルネとは既に言葉すら不要な関係ですが、それ以外の相手には驚くほど不器用で、作者が心情を通訳してあげないといけないキャラクターでもありました。ですから初めと終わりで印象が大きく変わり、読み終わった後にもう一度最初に戻ると、同じ行動なのに別の印象を抱くかもしれませんね。

※言動は誤解を招きがちだが根は優しく真っ直ぐなキリン

ギンはまるで生きがいかのように、嬉々として敵軍に嫌がらせを仕掛け、高笑いしてみせる悪の大魔王…………いえ、とても頼りになる兄貴分的な軍師です。絶対に敵に回したくない厄介な性格をしていますが、同時に本当に味方側でよかったのかと作者を何度も自問自答させたキャラクターでもあります。

※小国であるランタンの軍師・ギン

――本作は書籍化にあたり、紅緒先生がイラストを担当され、世界観も大きく広がったと思います。お気に入りのイラストやシーンがあれば教えてください。

イラストではやはりカバーイラストの印象がとても強いですね。世界観を鮮やかな色使いと背景で、主人公とヒロインの関係を背中合せで手を繋いだ構図で表現し、この物語の表紙としてこれしかないというものを、紅緒先生には描いていただきました。本編に魔法が登場しない代わりに、自宅に持ち帰りたくなる魔法がかかった紅緒先生のイラストをご堪能ください。また、口絵にもなっているお風呂から逃げてきたシャルネのシーン。台詞でもイラストでも彼女らしさが存分に出ていて、まさにこのヒロインの名刺代わりとなるシーンになっていると思います。

※本作の物語を象徴して描かれたカバーイラスト

※お風呂、もとい水浴びが苦手なシャルネ

それ以外にもメルが王になると決意する場面やシャルネが婚姻を自ら決裂させる場面は印象深いです。また、敵側には宰相のアーデルハイドというキャラクターがいて、眉間にしわを寄せながら次々起こる無理難題に対処していく姿も必見です。そして物語として一番読んでほしいのはラストシーンですね。ネタバレになってしまうので詳しく触れることはできませんが、ここを読んでほしくてこの作品を書いたと言っても過言ではありません。

――本作はどんな読者が読むと、より面白いと感じてもらえると思いますか。

ファンタジー世界を愛している方、戦記ものが好きな方、珍しい文化や風習に興味のある方、立場や種族を超えた恋愛が見たい方、強固な主従関係に憧れ抱く方、登場人物の全員が主人公と言える群像劇がお得だと感じる方、戦史などの歴史がちょっと気になる方などにぜひ読んでいただきたいです。ファンタジー戦記としての魅力をしっかり伝えながら、全体的には明るくコミカルにテンポよく話が展開するよう心掛け、読みやすく仕上げました。普段、ファンタジーも戦記ものは読まないという方も入りやすく、肩肘を張らず気楽に読み進めていただけると思います。

――これからの目標や野望があれば教えてください。

作家としての目標は巻数を重ね、タイトルの通り葡萄大陸の隅々まで世界を広げていけたらと思っています。また、この種族を登場させたい、こんな珍しい文化や風習を紹介したい、戦記ものとしてより大規模な展開が書きたいなど、一冊では書き切れなかった部分を全部お見せできるよう頑張りたいです。そしてこれは目標というより願望に近いのですが、夏のホラー特集みたいな感じで全国の書店で年に一度くらいファンタジー特集が組まれるくらいに、ファンタジーが誰にとっても身近な存在になってほしいです。『ロードス島戦記』を読んでファンタジー作品を書くようになったという方は、私を含め大勢いらっしゃると思います。面白いファンタジー作品を読んで、この分野が好きになった人がまた新たなファンタジー作品をこの世界に産み落とす。そんな美しいサイクルの一助となることを目指して精進していきます。ファンタジーの輪を広げましょう。自分が将来、面白いファンタジー作品と出会うために。

――それでは最後に発売への意気込み、本作へ興味を持った方へ一言お願いします。

二時間から三時間で行って帰って来られる世界旅行をしてみませんか。猫耳あります。エルフに会えます。王宮に住めます。遊牧生活が体験できます。この旅行プランでなんとお値段は驚きの数百円、これはお安い! 最後はなんか怪しい勧誘のようになってしまいましたが、そのくらい気軽な気持ちでお手にとっていただけると幸いです。そして、どんな内容や形でも感想をいただければ作者冥利に尽きます。よろしくお願いします。

――本日はありがとうございました。

<了>

様々な国と種族が群雄割拠する葡萄大陸を舞台にしたファンタジー戦記を綴った一ツ屋赤彦先生にお話をうかがいました。自身の境遇から大陸におけるすべての言語を繰る素直すぎる主人公が、国家間の大きなうねりに巻き込まれながら、姫と共に成長していくその姿。一人ではなく、手を取り合って「王」の姿を体現していく戦記ものとしての新たな魅力が詰まった『葡萄大陸物語 野良猫姫と言葉渡しの王』は必読です!

©一ツ屋赤彦/KADOKAWA スニーカー文庫刊 イラスト:紅緒

[関連サイト]

『葡萄大陸物語 野良猫姫と言葉渡しの王』特設サイト

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