スニーカー大賞12年ぶりの「大賞選出の経緯と覚悟と魅力のお話」 ラノベニュースオンライン編集長がスニーカー文庫編集者・夏川氏に聞いた!
コロナ禍で年末年始の帰省を今年も諦め、少し遅めの初詣に出掛けていたその日、私のスマホに一本の電話が入った。その発信者はスニーカー文庫で様々なヒット作を手掛けている編集者・夏川氏から。コロナ禍に入ってからは頻繁に顔を合わせることはなくなってしまったものの、私がラノベニュースオンラインを手掛けるようになってから長くお付き合いをさせていただいている編集者のおひとりでもある。そんな夏川氏から休日の連絡は珍しいと思いつつ、電話を取るとこう告げられた。
「発表は明日ですが、12年ぶりにスニーカー大賞から「大賞」作品が選ばれました。ぜひ盛り上げにご協力をお願いします!」
私は思わず立ち止まり、外を歩いていることも忘れ、「えっ、マジですか!?」と、大きなリアクションで返事をした記憶はしっかりと覚えている。担当編集者も夏川氏本人であると告げられた。
「ではぜひインタビューをやりましょう、やらせてください!」
と、発売に向けて私と夏川氏との間でひとつの約束を交わしたのが今年の1月末。そしてついに、第27回スニーカー大賞「大賞」受賞作『我が焔炎にひれ伏せ世界』が、2022年12月1日に発売を迎える。
1996年に第1回が開催されたスニーカー大賞。社会的なムーブメントも生み出した『涼宮ハルヒの憂鬱』をはじめ、「大賞」の受賞作はわずか5作品のみ。俄かに「大賞」はもう出ないのではないか、そんな声もちらほらと聞こえてくるようになってしばらく、2022年の幕開けと共に、12年ぶり6作品目となる「大賞」受賞作の刊行が発表された。第27回スニーカー大賞「大賞」受賞作『我が焔炎にひれ伏せ世界』。ジャンルや作風はスニーカー文庫から刊行されているメガヒット作『この素晴らしい世界に祝福を!』の流れを汲む異世界コメディである。著者であるすめらぎひよこ先生の素性も気になるが、まずは本作がどういう経緯で「大賞」を受賞することになったのか、そのあらましも気になるというもの。スニーカー文庫編集部としても、大きな覚悟と決断を持って選出した「大賞」受賞作について、本作の担当編集でもある夏川氏に、12年ぶりとなる「大賞」選出の舞台裏を聞いた。
――第15回開催の『子ひつじは迷わない』以来、12年ぶりとなるスニーカー大賞「大賞」が選出されました。あらためて受賞決定の要因、そのポイントはどういったところだったのか教えてください。
夏川:スニーカー大賞の選考は役職や年次に関係なく、等しく持ち点が与えられており、最終選考会では編集者が各作品を1~5段階評価するという仕組みで受賞作が決定します。「3」は特別賞、「4」は優秀賞、「5」は大賞というイメージで各自が評点していくのですが、第27回スニーカー大賞の最終選考会では本作に最高評価である「5」をつけた編集者が複数名現れました。
――なるほど。夏川さんはこれまで「5」の評価をしたことはなかったのですか。
夏川:私はスニーカー文庫編集部に8年在籍しており、述べ20回近く新人賞選考会に参加してきましたが、最高評価である「5」を出したことはありませんし、他の編集者が出したところも過去一度として見たことがありません。それなのに、今回は私を含め複数名の編集者が本作に「5」を出しました。それが「大賞」受賞の要因です。
――これまで起こっていなかったことが、第27回スニーカー大賞の選考会で、夏川さん含め、複数の編集者の間で起こったと。
夏川:はい。そういった訳で、第27回スニーカー大賞は奇跡的な巡り合わせが起きた記念すべき回だったように思います。何故本作に最高評価を与えたのかは人によって理由は異なるでしょうが、私の決め手は「キャラクターの魅力」、その一点です。正直なことを言ってしまうと本作は応募原稿の時点で、世界観設定、物語の構成、作品コンセプトといった点において特筆した個性を備えた作品ではありませんでした。舞台はライトノベルにとって王道である異世界ですし、この点において目を引くようなオリジナリティがあった訳ではないのです。ただ、本作にはそれを補って余りある程に主人公とそれを取り囲む仲間達にパワーと魅力がありました。なので私が最高評価を与えたポイントについて、何か特別な理由だったり難しい理屈がある訳ではありません。『ホムセカ』はキャラクターがとても魅力的だった。ただ、その一点です!
――自分は夏川さんが担当されるというお話をほんの少しばかり早くお聞きしていましたが、いざ結果発表のリリースでは、担当編集者である夏川さんの名前も公表される、なかなか見ない形式が取られましたよね。編集者としてこれは大きなプレッシャーにもなるんじゃないかと思いましたが、実際はどうだったんですか。
夏川:大賞作を担当することはとても大きなプレッシャーでしたし、正直「ツラい」という後ろ向きな気持ちからのスタートでした(笑)。それでも任されたからには必死になってやるべき仕事と思いましたし、そして「一所懸命やる」とは通常の編集業務や宣伝に加えて、私の思いであったり、取り組みを自分の言葉で発信することも含まれるだろうなと思いました。と、言いますのもMF文庫J編集部の新人賞発作品『探偵はもう、死んでいる。』第1巻発売前の取り組みが、私にとっては鮮烈に焼き付いていたからです。
――『探偵はもう、死んでいる。』は、担当されている編集Oさんが、ものすごい勢いで情報発信を続けていましたよね。あの密度と頻度は当時、とても印象的だったことを自分も覚えています。
夏川:私はあの当時、SNSはほぼ見る専で自分から積極的に発信するという取り組みはやっていなかったのですが、おっしゃる通り『たんもし』は刊行前から作品担当である編集Oさんが長期に渡って発信し続けていました。毎日愚直に行動して発信し続ける様は見ていて胸打たれましたし、その姿を見てると不思議と「頑張れ!」「負けるな!」と応援したくなる気持ちが湧き上がってきたんですね。『たんもし』は最初、本当に少数しかいなかった人の輪が二語十先生と編集Oさんの発する熱で少しずつ少しずつ拡がって、どんどん大きくなっていく様をリアルタイムで目の当たりにしまして、それは同業としてとても衝撃的な光景でした。編集者は黒子に徹するが美しい的な考えもあるとは思うのですが、私はこの時の編集Oさんの行動がとても輝いて見えたのです。なので私は彼のことをとてもリスペクトしていますし、『たんもし』刊行後のタイミングから考えをあらため、自分もSNSで積極的に発信するようになりました。
――まさに今の時代に即した情報発信の在り方であり、それは編集者個々の意識も大きく変えていっているのですね。
夏川:現代ではあらゆる事柄のスタートは、自分の言葉で発信して、誰かに見つけてもらって、そして応援してもらう、このサイクルがすべてなんじゃないかと思います。だから、名前を出して発信し続けることはとても大事な活動だと思っています。
――作品の受賞決定、そして発売に向けた作家さんとの改稿作業。担当編集者として印象的なエピソードがあれば教えてください。
夏川:作家さんと改稿時のコミュニケーションを取る際、「何の作品が好きか?」という話を必ず事前にするようにしています。何故かというと、作品で繋がっていると「ここはあの時の上条当麻の気持ちみたいな」とか「アスナがあのシーンで言ったみたいに」といったコミュニケーションができるので、伝えたいことの解像度が高まるからです。ところが、私とすめらぎひよこ先生が繋がった作品は、それこそ干支が一周違うことによるジェネレーションギャップなのか、唯一『ジョジョ』だけだったんです…! なので、改稿時の相談のみならず、日常的なチャットのコミュニケーションも「成長しろ!成長しなきゃあオレ達は「栄光」をつかめねえ……」「わかったよ プロシュート兄ぃ!」みたいなジョジョ名言の引用ばかりでしたね(笑)。
――作家と編集者、ならではのコミュニケーション術のひとつですね(笑)。さて、『我が焔炎にひれ伏せ世界』について私が個人的に感じたことなのですが、同作にはここ数年スニーカー文庫を盛り上げている『この素晴らしい世界に祝福を!』に類する要素があると思うんです。さらに言うと、PVでも登場したハルヒに出てくる「ただの人間には興味ありません。この中に、宇宙人・未来人・異世界人・超能力者がいたら、あたしの所に来なさい、以上!」という有名なセリフがあるじゃないですか。この台詞にまつわるようなキャラクターが登場しており、スニーカー文庫の代表作と代表作を繋ぐ、架け橋的な作品という印象も強く受けたんですよ。
夏川:そのように感じていただけたのであれば、それは伝えたいメッセージのど真ん中だったのでとても嬉しいです! 何故、今回のような広報をしたかというと理由は2つあります。1つ目は「時の流れを感じる映像作品はエモい」と感じる習性が人にはあると思っていまして、こう思うに至った理由は「BEAMS40周年記念」を見たことがきっかけです。動画内では年代ごとのファッション史の変遷を映像内で見せているのですが、この構成が凄くエモいんですよ(笑)。この感覚をいつか自分が担当する作品でも表現してみたいなと考えていまして、それでPV内ではああいった形で涼宮ハルヒや歴代作がカットインで入る演出はどうか?と、映像制作者さんにアイデアをぶつけました。
――理由の1つ目は「時の流れを感じさせるエモさ」で、2つ目は?
夏川:2つ目は「スニーカー文庫の文脈の先にある作品」ということを感じてもらいたかったからです。編集者としてライトノベルの制作に10年近く関わらせていただいていますが、私にはエンターテインメント業界というのはまるでバトン渡しをしながら全体が前に進んでいるような感覚があります。ある一つの偉大な作品が発表された際にそれを世界が受け取って、次世代のクリエイターさんが固有の個性や新しさを乗せて再び世に出していく。一つ例を出すなら大友克洋先生が『AKIRA』を発表しサイバーパンクな世界観の魅力を世間に叩きつけた後に、士郎正宗先生が『攻殻機動隊』を発表し、新たな世代に向けて新たな衝撃を与えたという現象が正にそういうことなのではないかなと思っています。同じようにライトノベル業界でも『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』という金字塔がガガガ文庫さんのフラッグシップとなり、そこから『弱キャラ友崎くん』や『千歳くんはラムネ瓶のなか』といった作品達がそのバトンを受け取って新たな魅力を打ち出しているように映りました。ファンタジア文庫さんも『ロクでなし魔術講師と禁忌教典』からグレンという魅力的な教官主人公が誕生し、そこから『アサシンズプライド』『公女殿下の家庭教師』『スパイ教室』といった作品がその文脈を継いでいるように見えたのです。
――すごく納得のできる戦略というか、狙いがあったんですね。他のレーベルに負けず、スニーカー文庫にもバトンを受け取り次世代へと繋いでいく作品が登場したゆえだったと。
夏川:はい。『ホムセカ』も涼宮ハルヒが喜びそうなエキセントリックな少女達が登場しますし、『このすば』のようなわちゃわちゃとしたコミカルで軽妙な掛け合いが魅力の作品です。なので、スニーカー文庫という枠組みにおいて「先達のバトンを受け取っている作品」「スニーカー文庫の文脈の先にある作品」ということを表現したかった。本作はそういう2つの考えがあって、宣伝をプロデュースさせていただくに至りました。
――ありがとうございます。それでは最後に担当編集者として本作の魅力を教えてください。
夏川:『ホムセカ』は『このすば』のようなコミカルな掛け合いが魅力のファンタジー作品ではありますが、それとは別に本作ならではの固有の面白さを備えた作品でもあると思っています。すめらぎひよこ先生はnoteのプロフィール欄に「ヤバい女の子を書きなぐる作家」と書かれていますが、まさにその言葉の通りに本作は二面性を持った女の子達が痛快に暴れ回る様が魅力の、彼にしか書けないエンターテインメント作品です。原稿ではそうした個性が宿りつつ、笑って、泣けて、熱い気持ちになれて、そして少女の決断と勇気に感動できる、そんな「王道」と言える作品に仕上がりました。スニーカー文庫編集部としては12年振りの刊行となる「大賞」受賞作。是非、ご覧いただけましたら幸いです!
スニーカー文庫編集部【立ち上げ作】『ホムセカ』『ロシデレ』『あの愚か者にも脚光を!』『ロードス島戦記 誓約の宝冠』『マジエク』『ウメハラ FIGHTING GAMERS!』『Elysion』 『青鬼』 【アニメ化】『暗殺貴族』『真の仲間』『回復術士』等 担当した作品の情報や気になる話題ツイートするお( ^ω^ ) |
12年ぶりとなるスニーカー大賞「大賞」選出の舞台裏、そしてスニーカー文庫の文脈の先にある作品としてどうプロデュースを考えたのか、夏川氏には赤裸々に語ってもらった。近日、すめらぎひよこ先生のインタビュー記事も公開! 第27回スニーカー大賞「大賞」受賞作『我が焔炎にひれ伏せ世界』は、2022年12月1日発売。
<取材・構成:ラノベニュースオンライン編集長・鈴木>
©すめらぎひよこ/KADOKAWA スニーカー文庫刊 イラスト:Mika Pikazo 背景画:mocha
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