独占インタビュー「ラノベの素」 海空りく先生『カノジョの妹とキスをした。』
独占インタビュー「ラノベの素」。今回は2020年9月15日にGA文庫より『カノジョの妹とキスをした。』第2巻が発売された海空りく先生です。タイトルが作品概要のすべてを物語る、双子の姉妹との"不"純愛を描く本作。思春期と青春と純愛の狭間で揺れるキャラクターたちについてはもちろん、読者の新しい扉をこじ開けたいという"不"純愛に込められた海空りく先生の想いなど、様々にお聞きしました。
【あらすじ】 初めての恋人・晴香と付き合って一ヵ月。親が再婚し恋人とそっくりな義妹が出来た。名前は時雨。晴香の生き別れの妹だ。俺はそんな義妹とキスをした。重ねられた時雨の唇の感触が忘れられない。晴香とキスはそれに塗り潰されて思い出せないのに。時雨を異性として意識する時間が増える。でもそんなのは晴香に対する裏切りだ。俺は晴香との仲をもっと深め、時雨と距離を置こうとする。だが俺がそう決意した日、時雨が高熱を出して倒れてしまい……? 彼女の双子の妹からの告白。高2の夏休み。お泊りデート。動き始める"不"純愛ラブコメ、『堕落』の第二巻! |
――それでは自己紹介からお願いします。
海空りくです。大阪出身の大阪在住で、最近は少しばかり東京に行く機会が増えました。好きなものは漫画で、特にグルメ漫画が好きですね。自分で料理をするわけではないんですが、中華を食べている漫画を読むと中華を食べに行きたいと思うじゃないですか。読みながらいつも「こんな料理を食べに行きたいな」とか思っています。それと仕事が忙しくて遊べていないんですけど、発売日に買ったままほとんど寝かせている『スプラトゥーン』をやりたいです。あまりにもやりたすぎて、その欲が作品の中にも出てきちゃうんですけど(笑)。やらなきゃいけないことと、やりたいことがほかにもたくさんあるので、折を見つつプレイしていきたいですね。
――また、海空先生は今年で作家デビュー10周年なんですよね。おめでとうございます。
第2回GA文庫大賞で賞をいただいて、『断罪のイクシード』でデビューしたのが2010年でしたから、ちょうど10年ですね。ありがとうございます。
――あらためて10年前のデビュー当時、“現在”にあたる10年後の自分は想像できていましたか。
デビュー当時はやれるだけのことをやろうとは思っていましたけど、さすがに今の自分を想像することはできなかったですね(笑)。ここまで作家を続けられるとも思っていなかったでしょうし。いやでも、なんだかんだでいけるんじゃないかと思っていたかもしれないですね、どうだろう?(笑)。
――この10年間を振り返り、ご自身にとってのターニングポイントがあれば教えてください。
作品が売れる、売れないというお話であれば『落第騎士の英雄譚』のヒットが作家としてのターニングポイントになると思います。ただ、自分としては『落第騎士の英雄譚』を作る時点で、作品作りの考え方を変えたというか、変わったタイミングがあったので、変化という意味でのターニングポイントはそこだったように思いますね。
――考え方の変化というのは、具体的にどういった変化だったのでしょうか。
ちょっと言語化が難しいんですけど、簡潔に説明すると読み手側のことを考えて書くようになりました。自分は第2回の受賞作家だったこともあり、第1回受賞時の頼りになる先輩作家さんがいらっしゃいました。なので、諸先輩からいろいろとお話を聞かせていただいたり、同期の間では企画のプレゼン大会みたいなこともやりながらスキルを磨いていました。この意識の変化が2作目にあたる『彼女の恋が放してくれない!』の後だったと思います。考え方の変化や自身のスキルアップ、それらを積み重ね、読み手側のことも考えて作ったのが『落第騎士の英雄譚』だったので。
――ありがとうございます。『落第騎士の英雄譚』など長編シリーズも抱えながら、春には新シリーズとなる本作を刊行されました。刊行の時期など難しい判断もあったかと思いますが、率直な感想をお聞かせください。
この作品の企画自体は2年程前から動いていたもので、ようやく刊行に辿り着いたのが今年の4月だったんです。まことしやかに囁かれているラブコメブームに合わせて戦略的に出版しようだとか、緊急事態宣言の真っ只中に刊行されることになった点も含めて、狙えるようなものはほとんどなかったのかなと(笑)。企画始動から2年越しにようやくお披露目することができた、という想いが圧倒的に強いです。
――それではあらためて『カノジョの妹とキスをした。』がどんな物語なのか教えてください。
内容は読んでいただくとして、概要については本当にタイトルのままですよね。タイトルそのもので作品の説明ができてるわけじゃないですか。『カノジョの妹とキスをした。』、それ以上でもそれ以下でもなく、タイトルから本当にそのまま想像できる通りの作品です(笑)。
※自分の彼女と瓜二つな義妹とひとつ屋根の下で暮らすことになるのだが……
――作品のタイトルは原稿執筆時点から決まっていたんでしょうか。
いや、まったくそんなことはないです。タイトルをひねり出すまで2ヶ月近くかかったんじゃないかな……結構苦労しましたよ。タイトルにはいつも、タイトルとしていいものを、そして作品としてわかりやすいものを意識しているので、苦労するのはいつものことではありますが。その一方で、わかりやすさばかりに走ってしまうとエモさが足りなくなるので、読者の感情をより動かしつつ興味を持ってもらえるタイトルを目指して考え、結果このタイトルに辿り着きました。
――おっしゃる通り、名は体を表すタイトルですよね(笑)。この作品ではどんなことをテーマに考え、やろうとしてスタートしたのでしょうか。
この作品を通して自分がやりたかったことは、自分の考える好きな純愛の形を描いて世に出したいと考えたことが最初のコンセプトというか、テーマでしたね。先ほども少し触れましたけど、長く続いていた異世界ファンタジーブームから若干潮目が変わって、ラブコメ作品からも売れる作品が出始め、ラブコメブームが囁かれるようになってきているじゃないですか。そんな流れの中で登場してきた作品には、純愛寄りの作品が多かったように思うんです。純愛寄りのラブコメ作品に触れてきた読者さんに、自分なりの好きな純愛を描いて提供することで、新しい扉を開きに行きたいと思ったんですよね(笑)。
――純愛を届けたかったということですが、本作には「“不”純愛」というキャッチコピーが大々的に用いられていますよね。海空先生が考える純愛とは具体的にどんな恋愛観なのでしょうか。
自分の考える「純愛」は真剣なことであったり、純度の高いことを指して呼んでいます。勘違いしてほしくないのが、純愛だからと言ってキャラクター達が平和であることとはイコールではないということです。もちろん1対1の純愛なら平和かもしれないですけど、複数になったら純愛に平和はあり得ないよねっていう話です。でも、そういった不穏なシチュエーションであったり、ヒロイン同士のバチバチとしたヒロインレースを描きたいわけではないんです。自分が描きたいのは、純度の高い想いに充てられておかしくなっていく姿なんです。自分には彼女がいるのに、他の女の子から寄せられる純度の高い想いに揺れ、身を持ち崩していく。自分が描きたいのはその過程で生じるエモさなんですよ(笑)。
――多くのヒロインを受け入れるハーレムラブコメとは対極のような位置付け、かつ異なる恋愛観であるというイメージでしょうか。
対極であるかどうかはわかりませんが、ハーレムものには大前提として、主人公にハーレムを形成できるだけのキャパシティやステータスがあると思うんです。たとえばファンタジー系のハーレムなら、強いことや優しいことですよね。そういった大きな主人公の存在あってこそ、ハーレムは可能になる節が自分はあると思っています。そういう意味でも本作の主人公は大きな主人公ではありません。第2巻でも言及されているのですが、博道くんは普通の男の子なんです。複数の人の想いを受け止めるだけのキャパシティもなければ、自分が最初にこれだと決めた想いを迷わず貫き通せるだけの意思の強さもありません。だから彼はグラグラと揺れる。そして自分はその感情の揺れがとにかく好きなんです。読者さんにもそういう面白さを感じて欲しいと思い本作を書きました。第1巻刊行以降、読者さんの感想も拝見させていただいているのですが、ちょっとした手応えは感じています(笑)。
――なるほど。ヒロインの関係性についてもお聞きしたいのですが、純愛の対象が彼女とその彼女の妹(義妹)という修羅場待ったなしのシチュエーションは、どのようにして生まれたのでしょうか。
基本的に本作のような物語は、ヒロイン同士の仲がいいほうが盛り上がると思うんです。そして仲がいいだけではなく、切ろうとしても決定的に切れない縁も作りたかった。ゆえに血縁関係を持たせ、それが双子となったらもう修羅場でしょうと(笑)。自分が思いつく限り、一番濃い繋がりの中でヒロインを描きたかったんです。
※双子の姉妹・左:時雨、右:晴香(キャラクターデザインより)
――それではあらためて、純愛の中で揺れ動いていくキャラクターについても教えてください。
博道くんについては先ほど触れたとおりです。特に本作は読者さんに感情移入してほしくて、理解の埒外にいない、理解できる範囲の普通の男の子として描きました。揺れない主人公ではこの作品は面白くないので、揺れるキャラクターとして描いた結果、普通の男の子になったという感じです。
義妹ちゃんでもある時雨は、不純愛の権化ですね(笑)。本作のエンジンでもあり、アクティブに動きつつ物語を引っ掻き回せるキャラクターとして描いています。特に気を遣ったのは、彼女自身をどう読者さんに知ってもらうのかという点でした。ラブコメは無条件で彼氏彼女の関係にあるヒロインが強いんです。一般的な倫理観からしても、付き合っている女の子がいるのに、他の女の子に手を出すのは言語道断じゃないですか。なおかつ、付き合っている彼女がいる男の子に迫っていく女の子は、それだけでヘイトを集めてしまうんですよ。なので、時雨へのヘイトを避けるために、時雨自身がどういう人間であるかを知ってもらって、共感まではいかなくとも、仕方ないなって思ってもらえるようなキャラクターにしなくちゃいけないと考えました。読者さんには時雨のことを好きになってもらえるよう、第1巻をまるまる使って時雨を描き、その上でタイトルのような展開へと結びつけています。
※博道の義妹であり晴香の妹である時雨
お姉ちゃんの晴香に関しては、まあ被害者ですよね(笑)。第1巻ではやや影の薄さは否めませんでしたけど、第2巻からは晴香のシーンが多いです。なので、そこは楽しみにしてもらえたらなと思います。いずれにしても本作の登場人物たちは生き急いでいる感じがすごいなと自分自身でも感じていますし、もう少しゆっくり生きればいいのになとは思いますよね。自分が筆を執っているので何言ってるんだって感じですけど(笑)。
※博道の彼女で時雨の姉である晴香
――「純愛」とは言いつつも、全員が同じ方向を向いているわけではないですからね。
そうですね。むしろそれは違って当然というか、等しく同じものを見ていく方が珍しいので、意識して書いている点でもあります。そもそも時雨と晴香は家庭環境も違いますし、その影響を強く受けているんです。時雨と晴香の両親は離婚しているわけですけど、時雨は浮気したお母さんに育てられて、晴香は浮気されたお父さんに育てられて、それぞれの恋愛観を色濃く受け継いでいる。詳細は第2巻を読んでいただければわかるんですが、そういった二人の恋愛観の違いも様々な問題を引き起こしていくトリガーでもあるので、楽しみにしていただければと思います……あれ、これは楽しむ部分になるのかな?(笑)。
※時雨と晴香の純粋な想いに込められた違いにも注目してもらいたい
――第1巻はタイトルのままに、ドラマチックかつ衝撃的な引きで終わりました。読者さんの反応は狙い通りでしたか?
そうですね。おおむね好意的というか、「うえ!?」とはなりつつも、ある程度受け入れていただいているのかなと感じることができました。個人的にはホッとしています。先の展開が気になるという反応も多かったので嬉しかったです。読者のみなさんにはそのまま新しい扉をどうぞ開いちゃってください、みたいな感じです(笑)。
※第1巻ではタイトル通りの展開を迎えることに
――ここまでも何度か「読者さんの新しい扉を開く」という言葉がありました。ここで言う新しい扉は、やはり不純愛のことを指すのでしょうか。
その通りです。もう「不純愛」という言葉に尽きます。彼女がいるのに他の女の子にときめいてしまうとか、他の女の子が可愛く見えてしまうシチュエーションっていうのはラブコメ的には非常に扱いづらいとテーマだと思うんです。でもそこの良さをぜひ知っていただきたい。ラブコメの多くが付き合う前までの物語で、ちょっとした例を挙げると部活ものってジャンルがあるじゃないですか。複数のヒロインが登場して、それぞれから好意を寄せられるというシチュエーション。でも主人公は意思表示をしていないわけですよ。もし主人公が意思表示をして、特定のヒロインの想いを受け入れたら、倫理的に裏切ることが許されない絆が生まれますよね。だから、その絆ができるところが、物語としてのエンディングだと思うんです。意思表示をせずフラットな状態から複数の女の子に好意を向けられて、それぞれに可愛いと思うことと、彼女がいる状態で他の女の子のことを可愛いなと思う状態は、気持ちの揺らぎがまったく別のものだと思っているんです。その良さを知ってもらいたいですよね。
――あらためて発売された第2巻の見どころや注目してほしい点があれば教えてください。
あらすじにも書いていますけど、見どころは「堕落」です。第2巻のテーマそのものが「堕落」ですからね。その様子をできる限り博道くんに近い視点で楽しんでいただけたらと思っています。グズグズと堕落していくのは楽しいですよ?(笑)。
※テーマとなっている堕落に相応しいシーンが第2巻ではいくつも描かれる
――著者として本作はどんな方が読むと、より一層面白いと感じてもらえると思いますか。
既存のライトノベルの主に純愛系ラブコメを楽しんでいる方々であれば、面白く読んでいただけるんじゃないでしょうか。特にタイトルを見て「面白そうだ、気になる」となった人間は、超楽しめると思います(笑)。だってタイトルの時点からダメじゃないですか。「おっ」と思った方はそれを許容できる方だと思うので、ぜひ手に取ってみてほしいですね。
――そんな“不”純愛を描く物語をより際立たせてくれているのが、イラストのさばみぞれ先生ですよね。
そうですね。さばみぞれ先生は一枚絵が素晴らしいですからね。第1巻の表紙も第2巻の表紙もとにかく素晴らしい。表紙がとにかく気に入っています。口絵の中では第2巻の時雨の看病をしているシーンのイラストがお気に入りです。言葉にしても良さは伝わらないと思うので、実際にシーンとあわせて見てもらいたいです。臨場感のある素晴らしいイラストですので!
※このイラストのシーンはぜひ本文とあわせて読んでもらいたいとのこと
――今後の目標や野望があれば教えてください。
いいものを書くことはもちろんとして、自分の作品を契機にして、読者さんの新しい扉を次々と開いて楽しむという(笑)。マジで今思っていることはそんなところです。
――それでは最後にファンの方や本作に興味を持っている方へ一言ずつお願いします。
第1巻を読んでくれて、何かに期待をして第2巻を買ってくださった方は、その期待に応えられる内容になっていると思うので、ぜひ楽しんでいただけたらと思います。第2巻は本当に動きの多い巻なので、ぜひ他の人たちの感想を見ないで読んでもらいたい。その方が臨場感を持って楽しめると思いますので。そして本作をまだ読んだことがない方へは、この作品はタイトルですべてを語っています。物語の方向性も見えているはず。このタイトルを見てピンときたら、後悔はさせないので第2巻と一緒にレジへと持って行ってください。第1巻だけを読むより、2冊続けて読んだ方が絶対に楽しいので!(笑)。続刊も鋭意制作中ですので、「妹キス」をよろしくお願いします!
――本日はありがとうございました。
<了>
純愛を描く過程において避けては通れない“不”純愛というシチュエーションでラブコメを綴る海空りく先生にお話をうかがいました。等身大の主人公だからこそ、ぶつけられた想いに揺れてしまう。その心の揺れ動きが魅力の本作。読者の予想を裏切るようで裏切らないまさかの展開が続く『カノジョの妹とキスをした。』は必読です!
©海空りく/ SB Creative Corp. イラスト:さばみぞれ
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