独占インタビュー「ラノベの素」 依空まつり先生『サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと』
独占インタビュー「ラノベの素」。今回は2021年10月8日にカドカワBOOKSより『サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと』第2巻が発売となった依空まつり先生です。魔術と数学の天才であるにもかかわらず、コミュ障でポンコツな魔女モニカの成長と活躍を描いた本作。キャラクター達の掛け合いのはもちろん、設定の作りこみなどについてもお聞きしました。
【あらすじ】 護衛対象の王子を脅かす敵を極秘裏に“処理”したモニカ。次の難関は、魔力測定で常人を遥かに上回る魔力量を隠すこと!? ごく普通の学園生活が試練の連続なのに、その裏で王子を狙う更なる悪意も動き出し……? |
――それでは、自己紹介からお願いします。
『サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと』で書籍デビューしました、依空まつりです。好きな言葉は「チャカポコ」です。作中で使うタイミングが無く、いつも歯噛みをしています。夢野久作先生の『ドグラ・マグラ』を読んでいると意味深に聞こえてしまいますが、単純に音の響きが可愛くて、聞いていると心がウキウキしてくるんですよね。今後、依空まつり作品で「チャカポコ」という表現が出てきたら、やり遂げた顔をしているんだろうなぁ、とお察しください(笑)。
――「チャカポコ」の登場、楽しみにしています(笑)。では、依空まつり先生が小説の執筆をはじめたきっかけや理由を教えてください。
昔から物語を考えるのが好きだったこともあり、大学ノートにお話を書くようになったのがスタートだと思います。パソコンを買ってからはその創作熱がノベルゲーム制作にも向かうようになりましたね。結局、ゲームは諸々の都合で完成させることが出来なかったのですが、ストーリーだけは書き切りたいという心残りがありました。それなら「小説の形で完結させよう」と思い書き始めたのが、Webに投稿した最初の作品になります。
――なるほど。ノベルゲームも作られていたのですね。ノベルゲームのシナリオと小説では書き方に違いはありましたか?
書き方と言いますか、ノベルゲームのシナリオを小説にする過程で、この2つはストーリー構成の部分が根本的に違うのかなって感じました。私は大人数の登場人物がワイワイしている物語が好きで、ゲームでもそういったシナリオを作っていました。ただ、小説にする作業はかなり難航しまして……。その時に、小説よりノベルゲームの方が群像劇的な物語を表現するのに向いているのだと気づきました。そんな経験もあって、小説向き、ノベルゲーム向きのストーリーは別物だということを身に染みて感じましたね。
――ありがとうございます。ノベルゲームのシナリオを小説にした後、『サイレント・ウィッチ』を書くに至るまでの道のりはどのようなものだったのでしょうか。
1作品書き上げると、「やっぱり大人数でワイワイする話が書きたい! 小説の執筆楽しい!」という気持ちに火がついてしまいまして……。次に書く題材を考えていた時に選んだのが、昔に設定だけ作っていた『サイレント・ウィッチ』でした。ただ、ファンタジーを書くのは久しぶりで、世界観やキャラクターを固めてから書き始めたかったという思いもあり、先に本作の2年前の世界を描いた物語を書きました。その後に、満を持して書き始めたのが『サイレント・ウィッチ』になります。
――本作の設定を固めるために別の作品まで書かれていたのですね。それではあらためて『サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと』がどんな物語なのか教えてください。
本作の概要を簡潔に言うなら、「才能はあるけどコミュ障なポンコツ魔女が、正体を隠して王子様の護衛をする話」ですね。王国最高の魔術師である七賢人の1人にもかかわらず、魔術と数学以外のことには無頓着なモニカが、ヒンヒンピィピィ泣きじゃくりながらも、亀の歩みで人間的に成長していく物語です。
※物語は山に引きこもっていたモニカに極秘任務が与えられるところから始まる
――モニカをはじめとした特徴的なキャラクターはもちろん、作りこまれた世界観も魅力ですよね。そんな本作の着想についてお聞かせください。
よく「物語が先か、キャラクターが先か」というお話もありますが、本作は間違いなくキャラクターが先に生まれた作品ですね。モニカというキャラクターが生まれ、彼女の成長のための舞台や、絡ませたら楽しそうなキャラクターを考え、ストーリーに合わせて調整を繰り返すことで完成したのが本作です。魔術の設定や世界観に関しては、ストーリーを構築すると同時に考える必要が出てきました。特に、魔術の普及具合や発展具合は世界観を固める上で重要だと思っていて、本作では魔術が便利になりすぎないように注意していました。例えば、治癒魔術が高度に発達していて、怪我を簡単に直せるのだとしたら、医学の発展や戦争事情などは大きく変わってくるかと思います。物語を矛盾なく成立させるために、魔術の設定はしっかりと作っていました。
※魔術は万能というわけでなく、緻密な設定の上に成り立っている
――魔術と対になる文明に関してもモデルとなる舞台や時代などを固めていたのでしょうか。
そうですね。本作は、1800年代あたりの近代ヨーロッパをイメージしていて、そこに魔術のようなファンタジー要素を加えることで世界観を膨らませていきました。ちなみに、近代にした理由の一つに、ストーリーに登場させる小道具や概念などに合わせて、文明レベルも引き上げる必要があったということがあります。もちろん、厳密に1800年に合わせた訳ではなくて、あくまで大体の目安です。近い未来、『サイレント・ウィッチ』の世界でも産業革命が起こって、魔術が衰退する……なんてことも、あるかもしれませんね。
――文明のもたらした概念と言えば、数学に関する設定も作りこまれていた印象でした。
数学に関してはかなり苦労しています。モニカには世界観を壊さないよう、XやY、人名などを使わずに数学トークをしてもらっているのですが、いつも「なにこの縛りゲー」と唸っていますね。例えば、作中に登場するとある数列は、Web版だと架空の数学者の名前を出していたのですが、書籍版ではなぜか増殖する豚の歌になってしまいました。なんで豚になったのかは私にも分かりません。突然、頭の中にブヒブヒという声が聞こえたんです(笑)。
――設定作りにはいろいろと苦労されているのですね。
設定は作ることも大変でしたが、削る作業もかなり多かったですね。例えば、舞台となるリディル王国には紙幣が無いのですが、これは「50年前の戦争の際に紙幣を刷りまくったせいでインフレ起こして……」という消えた設定の名残だったりします。本作はストーリーの中で、魔法や魔術の説明に文字数を割く必要があったので、本筋に関係ない細かな設定や政治のお話については結構削っていたりするんです。いつか、この手の設定などを全部モリモリにしたファンタジーも書いてみたいです。
――本作はミステリとしての要素、派閥争いなど、物語を面白くする要素が多いですよね。その中でも特にこだわったところを教えてください。
私自身、いろいろな要素を盛り込んだなぁと思っています。私はバイキングに行ったらどんどん目についた食べ物をお皿に盛っちゃうタイプなんです。そんな「私の好きな物全部載せプレート」が『サイレント・ウィッチ』です。ただ、ミステリの要素や派閥争いは物語を面白くするためのエッセンスに過ぎなくて、あくまで主軸はモニカ・エヴァレットという人間の成長ドラマです。ミステリの要素にしても、政治の要素にしても、メインに据えるなら、もっと描写がたくさん必要になると思うんです。でも、それらを盛りすぎると物語の推進力が落ちてしまうので、モニカの成長というメインディッシュの周りに好きな要素を少しずつ添えるという作りにしています。なので、本作で一番こだわっている点は「モニカの成長」になるかと思います。
※学園生活の中で、コミュ障だったモニカも少しずつ打ち解けていく
――ありがとうございます。それではモニカと彼女の周辺を彩るキャラクターについても教えてください。
まず主人公のモニカですね。ピーキーで尖った性能という、私の好みが全面的に反映されたキャラクターです。モニカは素晴らしい魔術の才能を持っていますが、それは時として呪いになるものでもあります。登場人物たちがそんな才能というものに、振り回されながらもどう向き合っていくのかを見てみたかったというのが、モニカというキャラクターが生まれた動機の一つだと思います。あとがきでも触れていたのですが、元々私はモニカのことを特段可愛いとは思っていませんでした。どんなに良心的に解釈しても珍獣にしか見えなくて(笑)。一方、担当編集さんはモニカのことを可愛いと言ってくださる方で、原稿チェック時にも「ここがモニカの可愛いポイント!」とコメントを入れてくれます。最近は、そんな担当編集さんのおかげもあって、私もモニカのことを可愛いと思えるようになってきましたね。
※学園では人見知りの激しい女子生徒でしかないモニカだが、真の姿は……
2人目は〈結界の魔術師〉ルイス・ミラーですね。第1巻だとモニカに対するあたりが強いので、非常に読者の好き嫌いが分かれるキャラクターだと思います。彼はピーキーなモニカとは対照的な、万能タイプの魔術師です。モニカも含めて、この先に登場する七賢人は全体的に癖の強い魔術師が多いので、なんでもこなせるルイスは、七賢人にも作者にも重宝されています。ルイスはモニカを振り回す人筆頭であり、モニカの魔術師としての実力を誰よりも評価している人でもあります。なお、もうすぐパパになる彼は、2巻でもその浮かれポンチっぷりを遺憾なく発揮していますので、ぜひご注目ください。
※万能の魔術師ルイス・ミラー。かなりの愛妻家でもある
3人目は垂れ目がアイデンティティのエリオット・ハワードですね。登場人物に対しては、思い入れが偏りすぎないよう、客観視したいと考えているのですが、好きなキャラクターを聞かれたらエリオットの名前を挙げます。エリオットは噛めば噛むほど味のするスルメのような、絶妙な人間臭さが魅力のキャラクターです。彼のツッコミには担当編集さんのお墨付きももらっているので、彼の活躍(ツッコミ)にご期待ください。
※優し気な顔のエリオットだが、第2巻ではキレの良いツッコミも炸裂する
――ご紹介いただいたキャラクターをはじめ、依空まつり先生が書きやすいと感じたり、お気に入りだと思っているキャラクター同士の組み合わせはありますか。
ボケとツッコミがはっきりしているコンビは書きやすいですね。ルイス・ミラーとリンのコンビもその一つだと思います。特にルイスみたいな、いかにも正論っぽい暴論を笑顔でゴリ押してくるキャラに、容赦のない言葉をズバズバぶち込むリンの存在は貴重だと思います。モニカとの組み合わせだと、彼女が受動的なキャラクターなので、振り回してくれるタイプのキャラクターとの絡みは書きやすいですね。ちなみに、モニカとラナとの絡みは読者の方から特に好評でした。第1巻だと、最初は敬語を使っていたモニカが、いつの間にか敬語でなくなるという口調の変化にはかなり気を使いました。普段敬語を使っていたクラスメイトにタメ口を使う瞬間はドキドキすると思うんです。この辺りのモニカのささやかな挑戦は、第1巻を読む際に意識しながら読んでみると一層楽しいかもしれません。他にも私が想定していなかった組み合わせの会話が盛り上がったりすると、キャラクターが生きてるなぁと、しみじみ実感します。
※富豪の娘で流行に敏感なラナ。彼女とモニカとの親密度の変化も見どころの一つ
――本作のイラストは藤実なんな先生がご担当されています。お気に入りのイラストやキャラクターデザインについて教えてください。
一番印象に残っているのは、やはり1巻のカバー絵です。カラーラフの時点ですごかったのですが、初めて完成版が届いたときにはあまりにも綺麗だったので思わず声が出ました。藤実先生の繊細な色づかい、光の表現、そういったものが全て詰め込まれた美しい表紙でした。なによりも、モニカの目が美しいですよね。光の加減で色味が変わるという描写をした過去の私を褒めてあげたいです(笑)。キャラクターデザインに関しては、ラナとリンが好きですね。ラナは想定していた以上に可愛く仕上がっていましたし、制服にたくさん手を加えているところも、彼女らしいなと思いました。リンのキャラクターデザインはシルエットが秀逸で、無表情なのに「らしさ」を感じました。第2巻で新たに登場するキャラクター達もすごく素敵に仕上げていただいたので、楽しみにしてほしいですね。
※依空まつり先生絶賛の表紙イラスト。このイラストに惹かれて購入した人も多いことだろう
――また今年7月にはコミカライズの連載もスタートしました。あらためてご自身の作品が漫画となった感想についてもお聞かせください。
コミカライズはなんといっても、それぞれの「キャラクターらしい」表情が描かれていてすごいなと思いましたね。特にルイスのドヤ顔を見るたびに「なんて腹が立つドヤ顔なんだ、そうそう、こいつこういう奴だよ」と唸っています(笑)。それ以外だと、言動に対するリアクションみたいな細かな描写も素晴らしいですね。「ほら、この美貌」とふざけたことを言っているルイスの背後で、リンが物言いたげな視線を向けているシーンがあるのですが、書籍版では具体的な描写は無かったんです。でも、すごくしっくりくる表情で、「このシーンなら絶対この顔だ」って思うぐらい違和感がありませんでした。小説だと、1行ごとにキャラクターの表情を描写することはあまりないのですが、漫画では1コマごとにキャラクターの表情やポーズが描写されており、ここはコミカライズならではの楽しみだと思っています。ほかにも、丁寧に描き込まれた絵に、読みやすく飽きのこない魅力的なコマ割りと構図、散りばめられた小ネタや伏線とたくさんの魅力があって、贅沢なコミカライズだと思います。桟先生、本当にありがとうございます!
※キャラクターたちが表情豊かに描かれるコミカライズ版もあわせて読みたい
――発売された第2巻の見どころなどについて教えてください。
具体的にどの程度書き足したら「大幅加筆!」と言っていいのかはわからないのですが、2巻もそこそこ加筆も改稿もしたと思います。Web版には無いエピソードもありますし、既存のエピソードも異なる部分がちらほらあります。Web版で語られていなかった部分だと、とある人物の意外な特技と弱点が判明するので、ぜひご注目ください。ま、まさか、あの人が……○○だったなんて!(笑)。
※第2巻ではWeb版には無いエピソードや、モニカの活躍にも期待したい
――これからの目標や、やってみたいことなどを教えてください。
私の頭の中には、まだまだ綴っていない物語が沢山あるので、それらをどんな形でも良いので書きあげていきたいです。まずは、Webで連載中の『サイレント・ウィッチ』の外伝をきちんと完結させたいですね。自分の中にある物語を誰かと共有するのは、とても贅沢なことですし、それを小説という形で実現できた私は贅沢者だと思います。物語に触れてくれた読者の方に、少しでも楽しい時間を過ごしていただけるよう、これからも、心が「チャカポコ」するような物語を作っていきたいですね!
――それでは最後に第2巻の発売を楽しみにしていた読者、そしてまだ本作を読んだことがない読者の方へそれぞれ一言お願いします。
まずは、まだ本作を読んでいない方へ。本作はWeb版と書籍版では、展開が異なる部分もありますので、Web版読了済みの方も未読の方もぜひ、書籍版『サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと』をお手に取っていただければと思います。また、沢山の方のお力添えのおかげで、本作は2巻を発売することが出来ました。心より御礼申し上げます。さらにありがたいことに、本作は3巻の発売も決定しています。この先、まだ姿を見せていない七賢人、怪しい隣国の人々、沈黙の魔女以上に隠し事の多そうな王子様など、様々な人々の思惑がもつれて絡まってこんがらがって、大変なことになります。その渦中で奮闘するモニカの、3歩進んで2歩下がって、時々斜め下に爆走するような成長を、温かい目で見守っていただければと思います。今後とも『サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと』をよろしくお願いいたします。
――本日はありがとうございました。
<了>
数学や魔術の才能はありながらコミュ障で人見知りという、アンバランスな主人公モニカの物語を綴る依空まつり先生にお話を伺いました。学園での出来事や個性的なキャラクターたちとの関わりを経て、モニカがどう人間的に成長していくのかから目が離せない『サイレント・ウィッチ 沈黙の魔女の隠しごと』は必読です!
<取材・構成:ラノベニュースオンライン編集部・宮嵜/鈴木>
©依空まつり/KADOKAWA カドカワBOOKS刊 イラスト:藤実なんな
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