文芸界の大人気作家がライトノベルを『本気で』執筆! 新川帆立先生へ直撃インタビュー!
今回の特集は幻冬舎より『魔法律学校の麗人執事』第1巻が2025年8月20日に、そして第2巻を同年10月29日にと立て続けに発売された新川帆立先生です。さらになんと、同年12月24日には第3巻も刊行予定と、破竹の勢いでシリーズ刊行される新川先生は、第19回「このミステリーがすごい!」大賞受賞(『元彼の遺言状』)、第38回山本周五郎賞受賞(『女の国会』)と、文芸作家さんとして著作を刊行されてきましたが、このたび「ライトノベル」に挑戦したということで、その理由や、本作『魔法律学校の麗人執事』の設定やキャラクターに関する様々なお話をお伺いしました!

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【第2巻あらすじ】 野々宮椿は日本で一番優秀な十五歳の女の子。生まれ育った修道院を救うため、魔法の天才・条ヶ崎マリスの執事になるがーー。「おいド庶民。お前に俺の執事がつとまるわけないだろ」 ご主人は傍若無人で傲岸不遜、名門一家の御曹司だった。椿はマリスの尊大な態度に辟易しながらも、マリスと共に魔法と法律の学び舎・魔法律学校に入学する。契約通り、執事の仕事をこなそうとする椿だが……。「え? 私が男のふりをして、男子寮で暮らすんですか!?」 |
――まずは、新川先生ご自身についてお伺いさせてください。小説家デビュー前、弁護士やプロ雀士として活動されていましたが、今振り返るとその経験が創作にどのように影響していますか?
過去の経験は創作上特に活きていないです。肩書きがあると読者さんの目につきやすいという効果はあると思います。ただ、元弁護士が法律関係の作品を書くときも下調べは必要ですし、専門知識や経験がない方でもきちんと調べれば法律関係の作品を書くことができると思います。経験や属性にかかわらず、いろんなお話を書けるのが小説家という仕事の楽しいところだと感じています。
――ミステリー作品でデビューされた後、今回学園ファンタジー/ライトノベルのジャンルに挑戦されたきっかけは何でしょうか。
小さい頃から読書が好きだったので、今の若い方、中高生くらいが読める作品を書きたいという気持ちがありました。若年層は主に漫画を好む方が多く、あまり小説を手に取ってくれないのですが、その中でもライトノベルという形式であれば、若者に届きやすいかと思って、挑戦することにしました。
――ご自身の専門分野である「法」をテーマに取り入れ「魔法律」という設定となった背景をお聞かせください。
ライトノベルで登場する「魔法」は有史以前の精霊の世界というよりは、中世ヨーロッパ以降の魔法・魔術のイメージが強いかと思います。中世ヨーロッパはキリスト教の影響が強い社会です。不可思議な現象が起きたとき、それは「神による奇跡」か、神の反対概念である「悪魔との契約で授けられた邪な力」か、の二択となります。神による奇跡をベースにファンタジー世界を描くのはハードルが高いので、多くの作品では「悪魔との契約で授けられた力=魔法・魔術」という思考様式をベースに物語が組み立てられています。ただ、私が見た限りでは、悪魔との契約の「契約」部分について真剣に考察して書かれた作品はあまり見かけません。「契約」部分をガチで書いた作品を作れば、読者さんに見たことのないものを提供できるのではないかと思いました。
――契約・裁判・罰……これらをファンタジーとして扱う上で、特に意識した法的リアリティなどございますか?
作中に登場する契約書は、私がすべて起案しており、実際に使用できる内容になっています。一巻に出てくる「決闘裁判」も、実際に行われていた決闘裁判の伝統に則った形式にしています。法的な部分のリアリティは一切妥協していません。若年層向けのファンタジー作品であっても、難しい部分を変に柔らかくせず、作家が本気で書くのが大事だと思っています。
――つづいて、いよいよ『魔法律学校の麗人執事』という作品にフォーカスさせていただければと思っています。本作の舞台「帝桜学園」は、悪魔との契約を安全に行うための法技術「魔法律」を学ぶエリート校です。この世界における「魔法律」とは、現実の法律と比べて、どのような役割や権威を持っているのでしょうか。
「法律」は立法機関が定めるものです。民法、刑法などが想像しやすいかと思います。他方、悪魔との契約は、私人間で交わされる「契約」なので、現実の社会で言うと、賃貸借契約、雇用契約などに相当します。悪魔との契約も、人との契約も、「契約」という意味では社会的に変わらないと思います。
ただ、悪魔と契約できる社会では、契約できる人/できない人とのあいだに大きな差が生まれてしまうので、皆が「契約できるようになりたい」と願うはずです。なので、「契約技術」そのものの重要性がより増すと思います。とはいえ、契約技術そのものは、現実社会で今通用している契約技術とは変わりません。
――帝桜学園の生徒たちが追求する「優良物件リスト」や「社交界デビュー」といった価値観は、魔力という生まれ持った才能によって決まります。この厳しいヒエラルキーの中で、主人公の椿のような「魔力ゼロ」の庶民が生き残るための道筋をどのように描こうと考えましたか。
特に決めていることはありません。
――学園には「ノブレス・オブリージュ(高貴な者のつとめ)」の理念があり、五摂家が「サロン」でトラブル解決を請け負っています。椿がマリスの執事として、この「サロン」の活動に関わることで、彼女自身にどんな変化が訪れますでしょうか?
周りの生徒との交流や衝突によって、椿が成長することはあると思いますが、サロンでの活動によって変化するとは思っていません。
――第1巻では、「決闘裁判」で女性同士の戦いが描かれました。かなりの本格バトルという印象を受けましたが、このシーンはやはり新川先生として、やってみたい、狙っていた展開なのでしょうか?
女性向けのライトノベルだと、バトルシーンが充実していないことも多いのですが、現実社会では女性も常に競争にさらされ困難に直面し、戦っているものなので、戦う女性像をしっかり描いて「女の子も戦える」というメッセージを若年層の読者に手渡したいという思いがあります。また、バトルシーンは書いていて楽しいので、今後も書いていきたいと思います。
――第2巻では「合戦演習(カストリウム)」が勃発し、椿と麗矢が激突します。こちらも正真正銘の手に汗握るラノベアクション!という印象です。執筆にあたりイメージされたことなどあれば教えてください。
椿は基本的に魔法を使えないので、異能力バトルというより肉弾戦になってしまいます。殴り合いだけでは単調で飽きてしまうので、コンゲーム要素を取り入れて、少し「頭を使う」展開になるようにしました。
――魔法律のエリート集団、五摂家の設定はどのように構築されたのでしょうか?
少女漫画的に必要なヒーローをバランスよく配置するように気をつけました。それ以外のことはあまり考えていません。
――次に、キャラクーについて教えてください! 条ヶ崎マリスは、微細な魔法を見抜く「皇帝の眼」を持つ魔法の天才です。しかし性格は「オレ様系」そのもの。条ヶ崎マリスというキャラはどのように生まれたのでしょう?
私自身が「オレ様系」の人間であり、「オレ様系」の男のことをあまり好きではない(現実では「オレ様系」の男とは致命的に相性が悪い)ので、カッコよく書くのに苦労しました。「オレ様系」の知人を参考にしたり、自分自身の要素を盛り込んだりして書いています。

※右側に描かれたキャラクターが、条ヶ崎マリス。
――野々宮椿は、全国模試1位、スポーツテスト1位という「日本一優秀な15歳」でありながら、魔法が使えません。彼女が持つ「完璧な才能」と「魔力ゼロ」という欠陥の対比は、物語の中でどのような意味を持っていますか。
その対比には特に意味がありません。ただ、様々なキャラクターから想いを寄せられる「ハーレムもの」の構造になっていくので、主人公の言動に少しでも「ムカつく」という要素があると、読者の心がすぐに離れてしまいます。読者さんからのヘイトを買わないためにも、とにかく頑張り屋さんで優秀な子にする必要はありました。
――マリスと椿の関係は、シリーズを通して「反発」から「想い合い」へと変化している気がします。現時点での「主従関係」において、二人が互いの「完璧ではない部分」をどのように補い合っているのか、印象的なエピソードがあれば教えてください。
第二巻で、二人で地下墓地を探索する場面があります。怖がりな椿をマリスが支えつつ、魔法の影響で目が見えにくいマリスを椿が助けるシーンなどは印象的かもしれません。重要な点としては、「魔法が使えない椿を、魔法の天才であるマリスが助ける」ではない、ということです。魔法をまったく使えない椿は、マリスの魔法がいかにすごくても、そのすごさにピンときません。他方で、マリスは「魔法がすごい」ということは様々な人に繰り返し褒められているため、今更その部分を褒められても嬉しくありません。もっとも分かりやすい凸凹とは違う部分でつながるからこそ、二人だけの絆が生まれるのだと思います。
――二人の掛け合いはものすごく楽しく、絶妙の会話が面白く描かれております。こだわりの描写などございますでしょうか?
セリフは本当にこだわっています。キャラクターらしさだけではなく、会話としての自然さ、テンポ、地の文とのバランスなど、様々なことを考えて書いています。すべてのセリフにこだわっているので、ここが一押しという部分はありません。
――マリスと同じ五摂家の一人、高遠伊織はマリスとは対照的なキャラクターに見えます。どんな役割を担っているのでしょう?
本作はフランス革命期のような社会情勢をベースにしています。マリスが皇帝側、伊織は革命側の人間として配置しています。ただ、出版後の反応を見ると、伊織は女性読者からかなり人気があって驚きました。マリスと伊織で人気を二分している状況なので、今後も頑張ってほしいです。

※左のキャラクターが、高遠伊織。
――伊織は、「尋問」の魔法で椿を追い詰めますが、その一方で、椿が女性であることに気づいた際、秘密を厳守すると約束しました。伊織の行動の真の動機は何でしょうか。
特に真の動機などはないです。秘密は秘密にしておくことに意味があり、バラしてしまっては価値を失うので、秘密を守ること自体はキャラクターの動きとして自然だと思っています。(すぐに秘密を言いふらしたり、言いふらすぞと脅してきたりするキャラクター造形は逆に不自然です)
――同じく五摂家の一人、十二月田麗矢は、乱暴で女性関係が派手な人物で、男装している椿にくってかかります。彼が椿へ執拗に絡む理由はなんだったのでしょうか?
単純にムカついたからだと思います。麗矢の寝坊を椿が注意するシーンがあり、その際の椿の言動が生意気でムカついたという様子が描写されているかと思います。そもそもの話として、ヤンキーが他の生徒に絡むのに理由はあまりないかとも思います。
――如月スミレは、典型的な悪役令嬢として椿に嫌がらせをしますが、その裏で椿に好意のような複雑な感情を抱いているように見えます。スミレというキャラクターを通じて、新川先生が描きたかった「エリート女性の恋愛観」がもしあれば、お聞かせください。
スミレを通して書きたいテーマなどは特にないです。ただ、100%のいじめっ子や100%のいい子はいないと思うので、意地悪な面がありつつも情にほだされる面もある等身大の女の子として書いています。結果として、ラノベの文脈では「ツンデレお嬢様」みたいなキャラになり、それはそれで人気がある属性なので、今後も大切に書いていこうと思っています。
――様々な人間関係が入り混じった本作ですが、とくにお気に入りの関係性があれば教えてください。
主要キャラそれぞれと椿の関係性はもちろん好きではあるのですが、それ以外で言うと、左衛門と伊織の関係性は好きです。基本的に左衛門はわがままで、自分の欲求を満たすために他人を振り回すことを厭わない人なので、振り回される伊織が不憫でありつつ、伊織は伊織で棘のある対応をしています。友人関係として面白いなと思っています。

※主人公・椿と、彼女を取り巻くエリートたちとの関係性は、
――「あとがき」で、ご自身の「男に生まれていたら」という個人的な悩みや、働く女性の恋愛観が執筆のきっかけになったと述べられています。椿が抱える「可愛いものが似合わない」というコンプレックスや、男装という設定は、このテーマとどのように結びついていますか。
友人たちが「男だったらモテたのに」と口にするので、じゃあ男になってモテる小説を書こう、ということで、男装の設定につながっています。「可愛いものが似合わない」という椿のコンプレックスは、あとがきとはあまり関係がないです。
――イラストレーターの悌太先生のイラストへの愛が執筆の大きなモチベーションになっていると書かれています。キャラクターイラストを依頼するときに出された指示や、こだわった点があれば教えてください。
各キャラについて、こういう部分を表現してほしいというお願いをしています。ライトノベルでは、分かりやすく「○○キャラ」と説明できるキャラの方が好まれる傾向にありますが、私自身はキャラクターを一つの属性に閉じ込めず、多面性を持たるようにしています。マリスは自信満々な反面、繊細な部分がありますし、椿は見た目のかっこよさに反して内面は乙女チックだったり、という二面性をビジュアルで表現してほしいとお願いしました。難しいことを言っているとは思うのですが、見事に表現してくださって脱帽しました。
――ご自身の「ラノベ読者としての原体験」を教えてください。(あるいは、海外のファンタジー作品や少年漫画など、影響を受けたジャンルでも構いません)
中学生のくらいのとき、『キノの旅』シリーズが大人気で、またデビューしたての西尾維新さんが話題になっていた時期なので、それらがいわゆる「ライトノベル的なもの」との初めての出会いでした。また少年漫画などもメジャーどころはほとんど読んでいます。ただ、それらから影響を受けたかというと、あまり受けていないような気もします。どちらかというと、「ハリー・ポッター」シリーズや「ダレン・シャン」シリーズ、『指輪物語』、『ナルニア国物語』といった海外ファンタジーや、氷室冴子さん、荻原規子さんなどによる少女小説の影響の方が強いかと思います。今回、ライトノベル執筆に挑戦するにあたっては、女性向け、男性向け問わず、幅広くライトノベル作品を読んで研究しました。多種多様な作品があるので、その中で方向性を定めて書き上げるのはとても大変で、何度も書き直すことになりました。着手してから四年弱かかりましたが、なんとか皆様にお届けできることができてよかったです。
――今後、『麗人執事』シリーズを通して、登場人物たちはどう成長していきますか?
私もよく分からないです。書いてみないとどうなるのか分からないので、どうなるのか楽しみに書いていこうと思っています。
――ありがとうございました! 最後に、ラノベニュースオンライン読者へのメッセージをお願いします。
当初は女子中高生向けに書き始めたシリーズですが、書き上がってみると、案外大人も楽しめるし、男性も楽しめる作品になりました。自分向けではないかも……と思わず、お気軽にお手に取っていただけると嬉しいです。
<了>
「戦うヒロイン」の魅力がつまった麗人執事・椿と、そのご主人様、傲岸不遜な魔法の天才・マリスの主従関係が今後も楽しみな『魔法律学校の麗人執事』。12月には3巻も発売される本作は、ますます目が離せません!! 第1巻『入学編』、第2巻『合戦演習(カストリウム)編』、
©新川帆立/幻冬舎/ストレートエッジ イラスト:悌太

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