【特集】『エリスの聖杯』刊行記念特別企画 常磐くじら先生×大森藤ノ先生スペシャル対談インタビュー

2019年11月15日頃に発売されるGAノベル刊『エリスの聖杯』の刊行を記念して、著者である常磐くじら先生と、本作の熱烈なファンであり、書籍化のきっかけとなったGA文庫刊『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』の大森藤ノ先生をお招きしてのスペシャル対談インタビューをお届けする。『エリスの聖杯』が書籍化に至るまでの道のりと、大森藤ノ先生が激賞する物語やキャラクターについて、さらにはお二人の視点から見る「悪役令嬢やダークヒーローの魅力」など、幅広く語っていただいた。

・常磐くじら(ときわくじら)

『エリスの聖杯』にて作家デビュー。執筆の原動力は憎しみと悲しみ!? 原作小説第1巻の発売にあわせて、コミックス第1巻も同時発売される。

・大森藤ノ(おおもりふじの)

第4回GA文庫大賞にて「大賞」を受賞し、『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』にてデビュー。シリーズ累計は1,200万部を突破しており、2020年1月にはOVA第2弾、2020年夏にはTVシリーズ第3期の放送も控える。『エリスの聖杯』書籍化のきっかけを作った熱狂的なファンの一人。

【あらすじ】

「いいこと、コンスタンス・グレイル。お前のこれからの人生をかけて、わたくしの復讐を成功させなさい!」 誠実だけが取り柄の地味な子爵令嬢コニーは、とある夜会で婚約者を奪われ、窃盗の罪まで着せられる絶対絶命の窮地に陥っていた。しかしそんな彼女の元に、10年前に処刑された希代の悪女、スカーレット・カスティエルの亡霊が現れる! かつてその類稀なる美貌と、由緒正しき血統と、圧倒的なカリスマでもって社交界の至宝と謳われたスカーレットは、コニーに憑依するや瞬く間に形勢を逆転し、危機を救う。だが、その代償としてコニーが要求されたのは、スカーレットの復讐に協力することだった!? 利害関係から始まった二人のコンビは、やがて貴族社会に潜む悪意や罠を蹴散らすうちに大切な絆で結ばれた真の相棒へと成長し、やがて過去から続く巨大な陰謀と対峙していく……!

――いよいよ『エリスの聖杯』が刊行となります。本日は常磐くじら先生と大森藤ノ先生にお越しいただきました。どうぞよろしくお願いします。

大森常磐:よろしくお願いします。

――早速ですがまずはお二方の自己紹介をお願いします。

大森:GA文庫で『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』という作品を書かせてもらっている大森藤ノです。あらためてよろしくお願いいたします。

常磐:このたび『エリスの聖杯』でデビューすることになった常磐くじらです。出身は山梨県です。経歴というほどの経歴はありませんが、小説投稿サイト「小説家になろう」で投稿させていただいています。好きなものはお酒で、とりあえずは肝臓が壊れるまで飲み続けたいと思っています。苦手なものは健康診断でしょうか(笑)。

大森:常磐先生は酒豪なんですね(笑)。すごく作家っぽいというか、キャラが立ってますね!

常磐:お褒めの言葉ありがとうございます(笑)。ペンネームもお酒からもらっていて、「くじら」という芋焼酎があります。大森先生も好きなものとか明かせるものがあれば教えていただきたいです(笑)。

大森:なんでしょうね……。無趣味とは言わないんですけど、最近執筆とか監修以外なにもしていないような。しいて言うなら、ピザを食べるのがすごい好きですね。というのも、みんなでわいわい食べるピザが本当に美味しいと思うようになってきていて。それこそ『エリスの聖杯』を担当されている編集さんにも何故か連れて行ってもらいました。GA文庫ブログで公開された『エリスの聖杯』に関するやり取りも、現場はピザ屋でしたから。あ、ピザの話題からの『エリスの聖杯』、これはしっかりと伏線が張れてましたね!

一同:――(笑)。

――お二人は既に面識があるとうかがっています。第一印象など、当時のエピソードがあれば教えてください。

大森:常磐先生は今年のGA文庫大賞の授賞式にいらっしゃっていて、そこで初めてご挨拶をさせていただきました。『エリスの聖杯』はお会いする以前から拝見していましたし、常磐先生の「小説家になろう」の活動報告も覗かせていただいていました。事前に得られていた情報ではとんでもなくファンキーな人だなと思ってたんですよ。ただ、お会いしたらとても礼儀正しくしっかりした方で、ギャップ萌えじゃないですけど、衝撃を受けました(笑)。

常磐:私は……大森先生の印象……そうですね……。

大森:忌憚のない意見でお願いします!

常磐:それはそれは凄まじいオーラがあってですね……。

大森:決して強要して言わせているわけではありませんので!

常磐:――(笑)。雰囲気で、一目見てすぐに「あ、この方が大森先生だ」とわかりましたよね。とてもお話上手ですし聞き上手という印象です。授賞式では私がスピーチするわけでもないのにとても緊張していたんですけど、大森先生がスピーチで場を盛り上げられたりもしていて、程よく緊張が和らいだのも覚えてます。

大森:あの恥ずかしかったやつですね(笑)。

常磐:とにかくいろんな方から話しかけられていて、みなさん大森先生のことが大好きなんだなって傍から見ていてよくわかりました。

大森:これはちょっと恥ずかしすぎるし、相も変わらず言わせている感が薄まっていない……!

常磐:言わせている、と言われる前から言おうと思っていたので大丈夫です。心の底から思っています!(笑)。

大森:具体的な話の内容については、『エリスの聖杯』のお話をさせてもらったんですよね。自分がひたすら一方的にまくしたてて、そのまま満足して中座した気がします(笑)。

常磐:確か「キリキ・キリクク」のお話とかもした気がします。思い返すと恥ずかしかったですね。

大森:作品の話をする時は恥ずかしがる作家さんと誇らしげにする作家さんとで二極化している気がしますね。自分も恥ずかしがる方なので、すごく気持ちはわかります。「キリキ・キリクク」ってなんやねんって(笑)。

■大森藤ノ先生「プロの人間が書いていると思っていた」

――『エリスの聖杯』の書籍化は大森藤ノ先生の推薦が要因のひとつだったんですよね。実際に『エリスの聖杯』を読んでみようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。

大森:自分は「小説家になろう」のアンテナを定期的に張っているんですが、異世界召喚や転生系の作品が少しお腹一杯になったタイミングがあったんです。その際に異なるジャンルのランキングを眺めていたんですけど、そこで『エリスの聖杯』を見かけました。あらすじ化されたタイトルも多い中、堂々としているタイトルだったことも気になった要因のひとつで、ちょっと読んでみようと。今思い出すと、原稿がちょっと危ないタイミングで読み始めてしまって……(笑)。夜の22:00くらいから、気づくと朝の5:00になっていました。まさに時間を忘れてしまって、こんな読書体験は随分久しぶりだったんです。語るまでもなくすごい作品だという印象が鮮烈に残ってます。タイミングとしてはWEB版が完結したタイミングだったと思いますね。

常磐:完結した時にランキング入りしていたので、そのタイミングだと思います。

大森:そうして一通り読ませていただいて、一気に読んだ後も二回、三回と読み返しました。何度読んでも面白い作品は本物だとも思っているので、あらためて良い作品だなと。そうして読み終えた後は「なんでこの作品が書籍化されてないんだ!」って謎の逆ギレ状態になって、一人激おこ状態だったんです(笑)。それこそスカーレットが振り上げた腕を降ろせずに、二の腕をぷるぷるさせているような状態。そういった経緯もあって、編集さんに話をしてご縁が繋がった感じです。

常磐:そこまでおっしゃっていただけるのは、本当にありがたいです。そして恥ずかしい(笑)。

大森:『エリスの聖杯』はファンがずっと付いて離れない作品という印象も強くて、感想もすごく熱いし温かい。ファンの人たちの喜びや嬉しさが伝わってきて、傍から見てもすごくいい雰囲気の中にある作品だと感じていました。

――大森先生の働きかけもあり、常磐先生に書籍化の打診があったかと思うのですが、当時の感想を教えてください。

常磐:これは本当に申し訳ないんですけど、最初は詐欺だと思いました(笑)。書籍化のお話なんてくるわけがないと思っていたので、連絡をいただいてから一度寝かせました。

大森:――(笑)。

常磐:メールの文章もしっかりしていましたし、振り返れば詐欺ではないとわかりそうではあったんですけど、やっぱり少し疑ってしまって。返事をする時もこちらの情報は一切与えずに、とりあえずお話させてくださいとだけ返信しました。そうして編集さんにお会いしまして、名刺だけではなく免許証も拝見させていただいたりしたんですよね。

大森:編集さんもまさか免許証を提示することになるとは思わなかったでしょうね(笑)。

常磐:名刺だと作れてしまう可能性も考えてしまって(笑)。ただ、免許証を拝見させていただいた時に、さすがに私も恥ずかしくなってしまって、申し訳ないと思いました。可能な限り自分の情報を相手に与えないよう身構えていて、訊かれた最寄りの駅も全然関係ない駅を伝えていましたから。むしろ私が怪しいやつですよね(笑)。本当に申し訳なかったです……。

大森:警戒の仕方が凄まじい!

常磐:そうですね。待ち合わせは建物の2階にあるカフェだったんですけど、待ち合わせ時間の15分前に現着して、見上げながら見張ってました(笑)。

大森:驚きと戸惑いがとてつもない警戒心を呼び起こしてしまった、みたいな。

常磐:まさにその通りで(笑)。

大森:でも確かに怖いですよね。特に常磐先生は書籍化を望んでいたというお話でもなかったので、なおさらだと思います。WEBで書き始めたのは完全に趣味からだったんですか?

常磐:趣味とも言い切れなくはないんですけど、当時海外ドラマにすごくハマっていたんです。ただ、私が面白いと思って見ていたドラマがことごとく後半から怪しい展開になり、続々と打ち切りになってしまったんですよ。それで悔しくて悔しくて、こんなにも面白いのに打ち切りになりやがって、と一人激昂していまして(笑)。結局ダメになるんだったら、いっそのこと自分で好きなものを書いてやろうと思ったのが、『エリスの聖杯』だったんです。書籍化を目指すだとかの次元ではなく、ただ悔しいという気持ちで書き始めました。

大森:作家の原初的なパワーというか根源というか(笑)。

常磐:この物語は憎しみと悲しみから始まっています(笑)。

大森:それまでは小説を書かれていたんですか?

常磐:もともと二次創作が最初でした。中学生の頃に二次創作をはじめて、オリジナルでは短編を大学時代に書いていたりしました。基本的には書いたらそれで満足していたので、どこかに投稿するという発想もありませんでしたね。なので、長編を書いたのは『エリスの聖杯』が初めてでした。

大森:二次創作がスタートだったんですね。自分も二次創作をやっていたので親近感が湧きます(笑)。好きな海外ドラマが終わってしまって、から生まれるモチベーションは二次創作と似ている気がしますし。

常磐:確かにそうかもしれませんね(笑)。

大森:でも自分が『エリスの聖杯』を編集さんにお話をした際、逆輸入じゃないですけど、確実にプロの人間が書いているって大見栄切っちゃってたんですよ。それどころか、こんな上手い人が埋もれているはずがない、プロじゃなかったら自分は筆を折るみたいな話をドヤ顔でしていた時もありました。ところが状況を聞いてみたら、プロデビューされていないという話を聞かされて、陰ながら自信を失っていた時期があったんですよね(笑)。

常磐:本当に筆を折っていたらと思うと笑い話では済まなかった気がします(笑)。

一同:――(笑)。

■隠された謎とページを一緒に追いかけたくなるクライムサスペンス

――それではあらためて『エリスの聖杯』がどんな物語なのか教えてください。

常磐:一言で言うなら悪役令嬢の幽霊とぱっとしない地味な子爵令嬢のコンビが織りなす、貴族社会を舞台にしたクライムサスペンスです。殺されてしまった悪役令嬢から、自分の代わりに復讐をしなさい、という難題を課せられてしまいます。この物語を書くにあたっては、主人公のコンスタンス・グレイル(コニー)という少女が成長していく姿を書きたいと思っていたのと、私自身が男女問わず性格の悪いキャラクターが好きなので、その取り合わせでもあります。性格の悪いキャラクターが大好きだと公言してしまうと、「あいつはヤバいヤツ」と後ろ指を指されてしまうと思っていたんですけど、悪役令嬢モノの流行りも含めて、前面に押し出してもいい時代が来たんだと感じることができて嬉しかったです。海外ドラマの打ち切りのお話もさせていただいた通り、自分の好きなものが打ち切られるなら、最後まで自分の好きなものを書き切ろうというのが、この物語の始まりでした。

大森:『エリスの聖杯』の魅力のひとつには「謎」の存在があると思っています。この物語に触れた読者はその謎の正体を見たくてしょうがなくなるって。先ほど悪役令嬢モノが流行って、というお話もされていましたが、導入部以降は期待を裏切らないままどんどん予想を裏切っていくんです。クライムサスペンスとおっしゃられていたのも間違いないと思っていますし、タイトルでもある『エリスの聖杯』とはそもそもなんなのか。そしてタイトルを回収する瞬間は鳥肌が立ちました。謎とページを一緒に追いかけたくなる物語が『エリスの聖杯』という作品かな、と。

常磐:私よりも作品の説明がお上手で……さすが大森先生ですね(笑)。

――この物語には多くのキャラクターが登場し、個々のキャラクター造形も非常に魅力的ですよね。

大森:そうなんです。自分がプロに違いないと勘違いしたのも、キャラクター造型がとにかく素晴らしかったことがあります。特に敵役を含めて鼻につかないキャラクターが本当に多い。物語の中には、主人公を立てるためだけに他のキャラクターが可哀想な目に遭っちゃうことも目にしたりするんですが、『エリスの聖杯』に登場するキャラクターは信念に則ってそのキャラクターの想いを描いているから、可哀想な目に遭ったとしても納得できるし、一人一人に感情移入することもできるんです。どういう方向性かまではわからないですけど、常磐先生がキャラクターにすごく愛情を注いでいるんじゃないかなって思いました。

常磐:自分の作品のキャラクターを「うちの子」っておっしゃられる先生方も多いと思うんですけど、私の場合はそういった愛情とは別物なんだろうなと思っています。こんな人がいたらいいなとか、こんな人生の人がいたら面白そうだなとか、私とは異なる誰かの人生を投影しているようなイメージでキャラクターを創り上げているんです。世の中には自分の考えが及ばないような思考の持ち主もいるわけで、そういった私ではない誰かの生き方を情報として蓄積した上にキャラクターがある、という感じでしょうか。

大森:お話を聞いていてもやっぱり常磐先生は、キャラクターに対してすごく真摯に向き合っていますよね。

常磐:ありがとうございます(笑)。

――大ファンを公言する大森先生から常磐先生に聞いてみたいことがあればぜひ。

大森:まず聞きたかったのが、常磐先生の中で主人公は誰なのかということですね。コニーなのか、スカーレットなのか、それとも二人ともなのか。

常磐:一応、主人公はコニーなんですけど、スカーレットもセットのようなイメージです。成長するコニーと基本的に性格の変化はないスカーレット。そういう意味でも、仮にどちらかを選べと言われたらコニーになるんだとは思いますが。

※主人公の地味な子爵令嬢コンスタンス・グレイル(コニー)

※亡霊としてコニーの前に姿を現す稀代の悪女・スカーレット

大森:成長する主人公が中心にいてこその関係性の変化は物語の醍醐味ですよね。コニーとスカーレットの関係性も本当にいいと思っていて、稀代の悪女の立ち位置も王道なんだけどしっかりと考えられたギミックだと思っています。第1巻でも目まぐるしく成長するコニーと、コニーができないことを難なくこなしていくスカーレットの関係性は本当に好きですね。次は「キリキ・キリクク」の元ネタがあれば知りたいです。

常磐:元ネタはロシアの童話……オペラだったかな。鳥を題材にした物語で、「キリキ・キリクク」と対になる言葉もあったりして。作中に登場する謎の言葉「キリキ・キリクク」はそこからお借りしています。

大森:他には地名のチョイスも結構気になっているんですよね。聞いたことのある地名も多くて、常磐先生はヨーロッパとかお好きなのかなって。

常磐:楽がしたかった……というわけではないんですが、地名をゼロから考えるとなると、どうしても考える必要のある設定がより膨らんでしまうので、それを避けるためにも既存の地名を参考にしていたりします。

大森:そこは上手いなと思っていて、二次創作をやっていた経験かどうかわからないですけど、共通認識ってすごく大事だと思うんです。語る必要のない共通認識は作者と読者の間でも大切だと思っていて、ネーミングからくるイメージの共通性は重要ですよね。

常磐:そうですね。地名を選ぶにしてもかなり気を付けていたと記憶しています。

大森:あとはコニーのグレイル家の家訓。「誠実たれ」には何か元ネタがあったりするんですか?

常磐:元ネタといいますか、実は『エリスの聖杯』は三部作にしたかったんです。

大森:ここに来て衝撃の事実が!!(笑)。WEBに掲載しているのが第一部ということですか?

常磐:そうですね。今回書籍になるのが第一部、そして構想として描いていた第二部は過去編になり、初代パーシヴァル・グレイルのお話ですね。彼のいた国が隣国から独立するわけですけど、初代パーシヴァル・グレイルはその立役者でもあって……という物語。ただ、初代パーシヴァル・グレイルは全然誠実ではなかったという。誠実ではないのに残した言葉が「誠実たれ」だったんです。

大森:つまり初代パーシヴァル・グレイルは全然誠実ではなく、むしろクズだったと?

常磐:そうですね(笑)。周囲からは誠実ではないと言われ続けるんですけど、最後に自分で「誠実たれ」と言葉を残し、それがグレイル家の家訓になったというお話。そういう元ネタというか、歴史があるんです。

大森:すごい面白そうな話じゃないですか! すごい読みたい! 裏設定みたいな感じですね、第二部は書かれないんですか?(笑)。

常磐:第一部を最後まで書き終えたら、いいかなって(笑)。いや、少しは書いているんですけど。

大森:今の話を聞いたら、俄然第二部を読みたくなりましたね。いよいよ海外ドラマっぽくなってきた(笑)。ちゃんと紐づいているわけですし、ファンの方も喜ぶと思います。これは余裕で10巻いける気がします!

常磐:恐縮です(笑)。

大森:勝手に盛り上がってしまってすいません。常磐先生にご迷惑をおかけしないよう気を付けます(笑)。

■ハム子爵と王太子妃セシリアの動向からは目が離せない

――本作はコニーとスカーレットのコンビ以外にも、非常に多くのキャラクターが登場するわけですが、注目してもらいたいキャラクターはいますか。

常磐:私はちょこちょこと登場するハームズワース子爵(ハム子爵)ですかね。

※常磐先生が注目してほしいキャラクター・ハム子爵

大森:ハム子爵も先々の展開を見据えると、重要なキャラクターの一人なんですよね。第1巻でハム子爵にピンと来なかったという方も、続刊を読めば間違いなく納得すると思うので、注目してもらいたいキャラクターであることは間違いないと思います。

常磐:大森先生はこのキャラクターが気になっている、とかってありますか。

大森:それこそたくさんいるんですけど、いい意味で鳥肌が立ったのは王太子妃のセシリアですね。キャラクターも立っているし、いかんせん底が見えない。初登場のシーンでも口調から雰囲気から一瞬で豹変するシーンがあって、見どころだと思います。この物語は様々なキャラクターが所狭しと動き回っているから、誰からも目が離せないんです。

※大森先生が底の見えないキャラクターだと注目する王太子妃・セシリア

常磐:キャラクターが本当に多いので、読者の方には少し苦労をお掛けするかもしれませんね。

大森:キャラクターが多いというのは必ずしも欠点にはならないと思っていて、このキャラクターって誰だっけ、とページを振り返って読み返すことで情報を更新しながら読み進めていけるんですよ。『エリスの聖杯』はそれが苦じゃない。自分自身もこの感覚は久しぶりだなって思いました。

常磐:そう言っていただけると嬉しいです。

大森:あと触れておかなくちゃいけないのが、ランドルフ・アルスター。死神閣下!

※スカーレットも苦手とする死神閣下ことランドルフ・アルスター

常磐:本作のヒーロー的なポジションで、このキャラクターも一筋縄ではいかないというか、むしろ優秀すぎるというか。

大森:死神閣下は読者の視点で言うと、男性と女性とで見方が随分変わるキャラクターだと思っています。最初の登場で醸し出す得体の知れなさと、でもコニーたちの味方になってくれそうという雰囲気。女性の方は「コレコレキタキタ」って感じに捉えるかもしれないけど、男性の方は「このキャラはどう立ち回っていくんだ」と感じるんじゃないかなって思います。あとは彼が我々に与えてくれる圧倒的な安心感。死神閣下さえいてくれれば何とかしてくれるだろう、とりあえずこの人の傍にいれば誰も死なないでしょうっていう頼もしさがすごい(笑)。

常磐:ランドルフは物語の後半から見え隠れし始める、とある組織への対抗勢力という位置づけでもあるので、すごく優秀なんですよね。ただ優秀すぎるゆえに、物語としては前に前に、と置き続けられるキャラクターでもないという(笑)。

大森:確かに、そういう意味では少し割を食っているキャラクターかもしれないですね。そもそも稀代の悪女と言われたスカーレットでさえ苦手だというキャラクターですから、株は爆上がりなんです。凄いキャラクターが凄いっていうと、やっぱり説得力が生まれるわけで。スカーレットが苦手だというランドルフはもちろん、そのランドルフが苦手だという王太子妃セシリアの破壊力。だからこそ彼女は自分の中で大きく株を上げてる節があります(笑)。

常磐:少し袖にいてもらうことは多い死神閣下ですけど、読者の清涼剤になってくれたらなとは思います。

大森:そして自分はもう一人だけ紹介しておきたいキャラクターがいて、リリィ・オーラミュンデですね。スカーレットの処刑直前に現れて、皮肉の言葉をかけて颯爽と去っていくシーンはすごく好きで。スカーレットと悪友と言っていいかはわからないですけど、そんな彼女が残したヒントを元に、コニーとスカーレットが謎に挑んでいく。ポジションだけ見ても美味しすぎるんです! 本編では出番がほとんどないですけど、リリィの物語だけでも1冊の本になっちゃうと思います。ぜひ彼女の存在にも注目してもらいたいですね。

――ちなみにコニーとスカーレットのような関係性のキャラクターは『ダンまち』にいるでしょうか。

常磐:それは私も聞いてみたいです。

大森:……難しいですね。どちらかというと、『ダンまち』にはなかなかない関係性だったからこそハマったというところがあるかもしれません。『ダンまち』ってファミリアという派閥の括りがあるんですけど、神様に惹かれて眷族になるという側面もあるので、所属している人達は似ているところが多いというか。バディを組むとかそういうキャラクターは中々いないかなと。あ、ダフネとカサンドラがいたかな?

常磐:なるほど。そうなんですね。

大森:それからもうひとつ。コニーの成長する姿を見たかったというお話を聞いて、コニーがすごく読者視点だし、一から始める主人公ということもあって、感情移入がしやすいと思うんです。『ダンまち』ではベル以外は割と完成されたキャラクターが多いので、コニーの至らないところを天才的なスカーレットが引っ張り、スカーレットの足りないところをコニーが補う。それは自分の作品にはないのかなと思いますね。少し考えてみましたけど、アーニャとクロエや、シルとリューといった関係性とも違うんですよね(笑)。やっぱり、一番近いのはダフネとカサンドラかなぁ。

■常磐くじら先生「悪女の魅力は、共感や憧れではなく興味深さ」

――『エリスの聖杯』では稀代の悪女と呼ばれる悪役令嬢スカーレットが主人公の片割れとして立ち回ることになります。悪女たるスカーレットのカリスマ性も強烈だと思うのですが、お二人の考える「悪女」の魅力について教えてほしいです。

常磐:そうですね……やっぱり憎んでも憎み切れないところじゃないかなと思います。悪女は結局、主人公や善人、立ち向かう頑張る人達には最終的に負けちゃうことが多いと思うんですけど、だからこそ応援したくもなるんですよ。悪女の魅力って、誰か他人のために動くわけではなくて、ずっと自分のために動いているところだと思うんです。他者への忖度もしないですし、誰になんと言われようと我が道を突き進む。その強さは共感こそできないですけど、行きつく先を見ていたくはあるんですよね。

大森:それわかります。

常磐:共感や憧れではなくて、興味深いという言葉が一番しっくりくるかもしれません。傍から見ていると、どうしてそんな選択や行動をするんだろう、或いはしてしまうんだろうってみんな考えると思うんです。悪の道や嫌われる道を歩むといっても、引き返せるタイミングはそこに至るまでに何度もあったはずで。でも悪の道を選択していく姿に私たちは見入ってしまう。ある種の吸引力ですよね。悪の道を突き進んだ上で成功したら、そこでまた異なる物語が生まれるかもしれませんが、主人公や善人に負けちゃうことが圧倒的に多いので「考えさせられる存在」だと思っています。

大森:自分も常磐先生のお話とかなり似たイメージを持っていますね。悪女の生き様や欲望に忠実な姿はやっぱり魅力だと思います。自分の中では「悪女=ダークヒーロー」という節もあって、ダークヒーローが人気を得るのは、常磐先生もおっしゃっていた「自分にはないもの」が生む吸引力だと思います。総じて彼等や彼女たちは綺麗事を言わないんですよね。本当に言わないんですよ。だからこそカリスマが生まれるというか、メタ的な視点で表現するならそういったキャラクターに付いて行こうと思いたくなりますから。あと自分は「悪女だけど憎み切れない」という要素も、ひょっとしたら必要だと思わないかもしれません。『ダンまち』だとフレイヤが一番近いですかね。彼女は周囲にどう思われようとも欲望に忠実だし、実はいい神様でしたってことも積極的に描く必要はないキャラクターだと思っています。本当に我が道を行くキャラクターとしてフレイヤは描いているので、そのあたりは悪女の魅力に倣っているというか、ステータスのひとつかなって思いますね。もちろん、いろんな悪女がいていいと思うんですけど。

常磐:まったく同じ感想です。悪女は全然いい人である必要性はないって思います。

大森:憧れや尊敬とは言わないですけど、惹かれる生き様……難しいですね、このあたりは(笑)。自分にはできない、そこまで貫けないって思わせた時点で勝ちなのかなって思います。自分たちにはできない境地にいるからこその輝きなんだろうなって。無理に改心する必要もないですし。

常磐:そうですね。敵役は私も改心しないでほしい派です。悪女やダークヒーローと呼ばれる場所まで行ったのであれば、少し言葉をかけたくらいでブレないで欲しいし、戻ってきてほしくもない。それができてしまうのであれば、もっと前に戻ってこれたじゃんって思っちゃいます(笑)。

大森:――(笑)。

常磐:できなかったからこその、その立ち位置なわけじゃないですか。最後まで悪いまま、そこに至るまでの信念を曲げずにそのままでいてほしいです。悪女というなら、貫いてほしい。

大森:やっぱり悪役なら突き抜けた悪役を見たいですよね。

――お二人にあらためてお聞きしたいのですが、『エリスの聖杯』という作品はどんな方が読むとより面白く感じることができると思いますか。

大森:自分は『ダンまち』を執筆しながら、こんな人が読むと面白いだろうなっていうのはほとんど意識したことがないので、すごく難しい質問なんですよね。まずは常磐先生のお話から伺えたらと視線を向けてみます(笑)。

常磐:これは本当に難しい質問だと私も思っていて、大前提としていろんな方に読んでもらいたいというのがひとつ。そして面白味のない回答をするのであれば、海外ドラマの『ゲームオブスローンズ』や『シャーロック』などを楽しく観ている方は面白く読んでもらえるんじゃないかなと思います。私としてはもともと中学生や高校生の子に読んでほしいと思って書いたものでもあるので、若い人達に読んでもらえたら嬉しいなとも思います。

大森:中高生に、というのが結構意外だったんですけど何か理由があるんですか?

常磐:物語の内容と紐づけてという意味ではないんですけど、私が中高生の頃にライトノベルやネット小説を読んでいて、その当時に感じたことと、大人になってから感じることって違うと思うんです。これが私の1冊という本と出会ったのが中高生の頃だったので、『エリスの聖杯』も中高生の誰かの1冊になれれば個人的に嬉しいという願望ですね(笑)。

大森:なるほど。自分は『エリスの聖杯』は大人の女性が読むとすごく面白い作品って半ば決めつけていた節があったので、中高生に読んでもらいたいというのはすごく意外でした。でも常磐先生がおっしゃる通り、中高生時代の感性と大人になってからの感性は違いますからね。10年前に読んだ『キノの旅』と今読む『キノの旅』は絶対違いますもん(笑)。だから時雨沢先生はすごい!って思い知らされますし。

――さて、そんな本作ですが小説の発売にあわせてコミックス第1巻も同時発売となります。コミカライズ版ならではの魅力も教えてください。

大森:小説『エリスの聖杯』のプロローグも非常に読みやすくてお上手なんですけど、絵として視覚的に見た時の「ショッキングな展開」っていうのは、漫画版の1話を読んで再確認しました。

常磐:私も漫画版を見て「こんなことしてたんだ」ってあらためて思いましたよね(笑)。

一同:――(笑)。

大森:自分たち小説家は、一行を簡単に書いちゃうんですけど、その一行を漫画に変えることで重みが増すことも多々あります。桃山ひなせ先生も非常に丁寧に描いておられるので、小説を読み込んでいる人は間違いなく楽しめると確信しています。逆に、漫画から入った人が原作を読んでみたくなるかどうかは未知なので、そういった方のお話というか、感想はいちファンとしてもすごく聞いてみたいですね。

常磐:大森先生が言われている通り、私たちは一行や単語ひとつで「宮殿」とか書いちゃうわけですけど、漫画になると資料からどんなイメージが近いかといった摺り合わせから始まって、時間をかけて描かれるわけです。説得力というか、世界観が鮮明になるという点ではとても新鮮に感じました。桃山ひなせ先生も非常にお上手なので、ぜひ多くの方に読んでいただきたいです。

※コミックス『エリスの聖杯』第1巻表紙

大森:もちろん漫画が描かれる前にキャラクターをデザインされた夕薙先生のイラストも素晴らしくて、プロローグで描かれるコニーとスカーレットの出会いの一枚も強烈なインパクトがあります。自分は絵心がない人間なので、両先生とも凄まじいなって思いますね。

常磐:夕薙先生も本当に素晴らしいイラストを描いていただいていて、プロローグのイラストはぜひ多くの方に見ていただきたいです。

大森:序盤から見開きイラストって贅沢な作りだなって思うくらい、すごい一枚に仕上がってますからね。

※ページを捲りながら、見開きページで描かれるインパクトを感じてもらいたい

――それでは最後にファンの方やこれから本作を読んでみようと思っている方に向けてお二人から一言ずつお願いします。

常磐:「小説家になろう」で完結することができたのも、読んでくださる方が感想をくれたり、応援してくれたからこそだと思っていて、その力で完結することができました。今回、大森先生に推挙いただき、書籍化に向けて動き出し、もう一度『エリスの聖杯』という物語と共に読者の方と一緒に歩けることがとにかく嬉しいです。WEBで読まれていた方もあらためて手に取っていただけたらと思います。また、書籍化で本作を知られたみなさん。登場人物も多いですし、たまに人も死ぬんですけど、そういった物語が平気な方であればぜひ読んでいただけたら嬉しいなと思います。主人公のコニーとスカーレットと一緒に、『エリスの聖杯』に隠された謎を追いかけていただければ幸いです。第2巻も2020年春頃の発売を予定しておりますので、私も頑張ります!

大森:自分もそうですが既存のファンの方は、現在進行形でコミカライズが連載されていたりと嬉しさのあまり興奮していると思います。いろんな形で広がっていく『エリスの聖杯』という物語を楽しんでほしいなと思います。そしてこの作品を書籍化で知ったという方にも、この機会にぜひ読んで欲しいという思いがあります。決してメジャーなジャンルとは言えませんが、常磐先生や夕薙先生、桃山ひなせ先生、編集さんをはじめとした作り出す側も、自分のようないちファンも凄まじい熱量を持ちながら一致団結して動いています。自分も短編(※『エリスの聖杯』と『ダンまち』クロスオーバーSS特典)で筆を執らせていただいたので、『ダンまち』読者もぜひ読んでいただければと思います! 第1巻ラストを読めば、間違いなく続きが読みたくなると原作信者が太鼓判を押しておきます! 嘘は言っていません!!

常磐:今日は私の言いたかったことをすべて大森先生が代弁してくださったので、ただただ感謝です(笑)。

大森:こちらこそ著者様以上に喋り倒してしまってすみませんでした!(笑)。

――本日はありがとうございました。

<了>

『エリスの聖杯』の刊行を記念して、常磐くじら先生と大森藤ノ先生の両名にお話をうかがいました。魅力的なキャラクターたちが所狭しと動き回る中、殺された悪役令嬢スカーレットの復讐と隠された謎に迫っていくことになる主人公たち。貴族社会の中で蠢く珠玉のクライムサスペンス『エリスの聖杯』は必読です!

©常磐くじら/SB Creative Corp. イラスト:夕薙

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