【特集】『神は遊戯に飢えている。』×『デート・ア・ライブ』アニメ放送記念 細音啓×橘公司スペシャル対談
独占インタビュー「ラノベの素」。今回は『神は遊戯(ゲーム)に飢えている。』、そして『デート・ア・ライブ』第5期、それぞれのアニメ放送を記念して、各作品の著者である細音啓先生と橘公司先生のスペシャルロング対談をお届けします。それぞれ作家生活は15年以上、2024年に3作品のアニメ放送が決定している細音啓先生と、シリーズとしてアニメ第5期を迎えた橘公司先生の大ベテランのお二人。アニメのお話についてはもちろん、これまでの作家生活における最大のピンチや、作家業と切っても切り離せない健康事情。さらにファンタジーの魅力や今後のライトノベルへの展望など、アニメとライトノベル、それぞれの視点から赤裸々に語っていただきました。
・細音啓 第18回ファンタジア長編小説大賞「佳作」受賞作『黄昏色の詠使い』にてデビュー。2020年『キミと僕の最後の戦場、あるいは世界が始まる聖戦』が初アニメ化。2024年4月からはアニメ『神は遊戯に飢えている。』が放送中。『なぜ僕の世界を誰も覚えていないのか?』、『キミと僕の最後の戦場、あるいは世界が始まる聖戦』2期の放送も2024年7月より予定されており、2024年に3作品のアニメ放送が決定している。(過去のインタビューはこちら) |
・橘公司 第20回ファンタジア長編小説大賞「準入選」受賞作『蒼穹のカルマ』にてデビュー。2013年『デート・ア・ライブ』が初アニメ化。2016年には「プロジェクト・クオリディア」よりアニメ『クオリディア・コード』も放送。『デート・ア・ライブ』はアニメとしてシリーズ化され、2015年には劇場版も公開されている。2024年4月からはアニメ第5期となる『デート・ア・ライブV』が放送中。(過去のインタビューはこちら) |
――『神は遊戯に飢えている。』、『デート・ア・ライブV』が4月よりアニメ放送をスタートしました。今回は15年以上作家生活を続けられているお二人にいろいろとお話をおうかがいできればと思います。
細音啓:よろしくお願いします。
橘公司:よろしくお願いします。
――早速なんですけれども、お二人はファンタジア大賞では共に審査員もやられていて、長く面識もあるとうかがっています。あらためてお二人の関係性についてお聞きしてもよろしいでしょうか。
橘公司:僕ら二人とも、厳密に言うと今のファンタジア大賞ではなく、名前が変わる前のファンタジア長編小説大賞の出身です。僕が第20回で細音さんが第18回ですね。
細音啓:そうですね。
橘公司:だから細音さんは直系の2年先輩ってことですね。
細音啓:いやいや(笑)。僕は基本的に何かあると、橘さんにいろいろとお話を聞いてもらったり、普段からやり取りをさせてもらっています。ファンタジア大賞の選考会でも一緒になりますしね。
橘公司:僕も選考会でお世話になっていますし、細音さんとはよく話す方だと思います。デビューしたての頃は、第17回と第18回の受賞作家さんの仲がすごく良くて、第20回の僕らはそれを遠くで見ていた記憶がありますね(笑)。
細音啓:『生徒会の一存』の葵せきなさんとか、『ハイスクールD×D』の石踏一榮さんとか、みなさんゲームがお好きで、そういったお誘いも結構ありました。第19回や第20回の方ともそれっぽい集まりはありましたよね?(笑)。
橘公司:一緒に鍋を食べた記憶があります(笑)。『七人の武器屋』の大楽絢太さんのお家にもお邪魔させていただいて、確かものすごく大きなベッドがあったんですよ。「部屋のほとんどがベッドじゃないですか!」ってみんなツッコんでましたよね(笑)。
細音啓:ありましたね。そういう懐かしいトークができるくらいの関係値ではあります(笑)。
――ありがとうございます。さて、アニメ『神は遊戯に飢えている。』、そして『デート・ア・ライブV』がどちらも放送開始となりました。まずは率直な感想をお聞かせいただけますでしょうか。
細音啓:SNSを見ていて嬉しかったのが、『神は遊戯に飢えている。』のコミカライズを担当してくださっている鳥海かぴこ先生が、毎回1話分のまとめイラストを描いてくださっているんですよ。アニメを一緒に楽しんでくださっているのがすごく伝わってきて、とてもありがたいなと感じています。また、国内だけでなく、海外のユーザーさんもかなり盛り上がってくださっていてるみたいで、それも嬉しいなって思いました。僕自身は白箱で映像自体は見ているんですけど、実際にテレビで流れて、こういう演出をするんだっていう、新鮮な気持ちで楽しませてもらっています。『キミ戦』の2期も7月から放送されるわけですが、1期は特に海外からの評価が高かったとのことなので、日本だけでなく海外の方にも楽しんでいただけたらなと思ってます。
橘公司:細音さん、アニメが今年3本ですからね。すごい話ですよ(笑)。
細音啓:橘さんも『デート・ア・ライブ』は5期目じゃないですか。やばいですよ(笑)。
橘公司:最初のアニメが2013年の4月だったので、ちょうど11年になります。まさかの5期に辿り着いたわけで、本当にありがたいことです。評判も見る限りいいんじゃないかなと思います。それこそ5期なので、ずっと付き合ってくださっているファンの皆さんも、鍛え上げられた精鋭揃いです。面構えが違う(笑)。
一同:――(笑)。
橘公司:とはいえ、4期からも2年空いているので、アニメだけを追っている方は、以前の展開から少しふわっとしているところがあるかもしれないですね。前回までのあらすじとかもないストロングスタイルでお送りしているので、見ながら思い出していただければ幸いです(笑)。本当は振り返り放送をしていただきたかったところではあるんですけど、なにしろ4期もあるもので、さすがに全部やるのは難しかったんだろうなと思います。
■まさかの両作品主人公の担当声優が島﨑信長さん
――また、対談の企画時にはまったく意図していなかったのですが、どちらの作品も主人公を島﨑信長さんが担当されているんですよ。お二人は関係値もあって、身近な方の別作品の主人公を同じ声優さんが演じられていることに、何か感じることはあったりされますか。
橘公司:それは「ノッブは私のよ!」みたいなことですか?(笑)。
細音啓:でも確かに、島﨑信長さんは『デート・ア・ライブ』をずっとやってこられた方で、こちらの作品が後からやっていただいている形ではありますよね。ある意味ちょっと恐縮な気持ちは(笑)。
橘公司:いやいや、こっちも11年やっていただいているので、知り合いの作品の主人公を信長さんが演じているとか慣れっこなので、今に始まったことではないですよ(笑)。でも本当に真面目で真摯な方ですからね。原作を読み込んでくださいますし、収録中も他の声優さんに原作の設定を説明してくださるんです。やっぱり脚本には全部を書ききれないわけじゃないですか。その書かれていない細かな部分を説明してくれるので、原作側としては非常に助かりますし、ありがたいです。こんな指標があるのかわからないですけど、もう一度一緒に仕事をしたくなる声優第1位ですよ(笑)。
細音啓:原作と脚本を読み込むだけじゃなく読み比べて、原作とは違う脚本の意図を聞いてくださったりもするので、本当にすごいなって僕も思っていました。それこそ『デート・ア・ライブ』の頃から取り組まれていた声優としてのスタンスを、ずっと続けていらっしゃるんだなと。原作側としては本当に嬉しいですよね。
※『デート・ア・ライブ』の五河士道、『神は遊戯に飢えている。』のフェイ、どちらも担当は島﨑信長さん
■アニメ化は常に緊張感を持って臨んでいる
――橘先生は5期にわたって『デート・ア・ライブ』がシリーズとしてアニメ化されている、アニメ化作家としてはベテラン勢だと思うのですが、5回を迎えると気持ち的にもさすがに慣れてきたりはしますか。アニメとの向き合い方についておうかがいしたいです。
橘公司:さすがにだんだん新人を名乗りづらくなってきました(笑)。と、冗談はともかく、僕はアニメに関してはだいぶレアケースだと思います。そもそもアニメの1期から4期までの制作会社が全部違ったので、常に新鮮な気持ちではありました。
細音啓:探してもなかなかないですよね(笑)。
橘公司:そうですよね。毎回環境が変わっていたこともあって、常に新鮮な緊張感でやらせていただいておりました。
細音啓:そういう意味では僕も3作品のアニメ化があって、当然制作会社さんも監督さんも全部違うわけです。制作スタイルもやっぱり違うので、そういう意味では毎回緊張感はありますね。僕自身、最初のアニメ化まで10年かかっているので、アニメ化って本当になかなか実現しない、恵まれたことなんだなって常々感じてます。
橘公司:アニメ化が特別で大変なことっていうのはその通りなんですけど、細音さんの場合は時代の影響が大きかったと思います。それこそ十数年前のアニメの傾向として、ファンタジーはどこか敬遠されていたわけじゃないですか。
細音啓:そうなんですよね(笑)。
橘公司:ジャンルとしてハードルの高かった時期が間違いなくあって、『氷結鏡界のエデン』とか、今ならアニメ化しててもおかしくないと思います。
細音啓:しないかな!今からでもしないかな!(笑)。
橘公司:だからそこは、遅咲きというより、時流の影響だと思いますよ。
細音啓:ありがとうございます。そういう時代の流れなども含めて、アニメ化って本当に実現が大変だなと思っていたので、それが2回目だろうが3回目だろうが、本当に嬉しいっていう気持ちがありますよね。個人的に残念なのが、以前にこのラノオンインタビューでも答えさせていただいた、趣味のイラスト練習の時間が取れないことですね。告知イラスト、諦めたらそこで試合終了だなあと(笑)。
橘公司:さすがに3本も一気にくると難しいですよ(笑)。でも1年で自著3本のアニメ化って、本当に凄いですよね。これまでにあったんでしょうか。なかなかないことだと思いますね。
――異なるシリーズ3作品のほぼ同時アニメ化という細音先生の現況はすごく特殊だと思います。5期まで続いているアニメに携わってこられた橘先生は、どのように見られていますか。
橘公司:そもそもの話として、細音さんが1シリーズだけじゃなく、いろんなレーベルでシリーズを展開されているじゃないですか。その時点でだいぶ忙しいと思うんですけど、それに加えてコミカライズやアニメの仕事が入ってくるわけですよね。そういえば、細音さんの放送されるアニメ3本って、本読みの時期は被ったりしてたんですか?
細音啓:被ってましたね。週2回ありました。
橘公司:アニメの脚本会議は週1回必ず入るので、その場に出向くかどうかにもよるんですけど、作業に取れる日が週1回確実になくなるので、2回も入るとなるとすごく大変そうだなって思います。アニメまわりは思いがけない仕事が急に飛んできたりもしますからね。
細音啓:実際、僕もすべてを完璧にこなせている超人ではないです。3作品がまわっているように見えているのも、担当編集さんにお世話になっているからですし、アニメ関連の部分ではかなり気を遣っていただいていますので。
橘公司:違う仕事を並行するのって、ひとつの仕事が同じ分量あるのとはまた違うカロリーの使い方をするじゃないですか。
細音啓:そうですよね。
橘公司:あれは本当に大変だなって感じます。逆に頭の切り替えになるっていう人もいますけど、そこはもう向き不向きみたいなものがあるんでしょうね。
■完結した原作のアニメ化はこれから増えるのかもしれない
――ありがとうございます。アニメについてはもうひとつ別の視点でおうかがいしたいのですが、第4期以降の『デート・ア・ライブ』、そして『なぜ僕の世界を誰も覚えていないのか?』は、共に原作が完結している作品のアニメ化です。シリーズとして継続している作品のアニメ化とはどのような違いを感じられますか。
橘公司:第一に、単純にありがたいなっていう思いはありますね。難しいお話ではあるんですけど、アニメーションを作品として捉えた時、結末が決まっていた方が制作はしやすいはずなんですよ。今後の伏線や展開がどうなるかわからない原作をアニメにするよりも、物語として完結している作品の方が作りやすくはあると思うんです。一方で商売として考えた時、原作の宣伝という面もあるわけじゃないですか。アニメで知っていただいて原作を買っていただく、これから売り伸ばしていくぞっていう場合は、シリーズとして続いていた方がありがたいっていう場合もあるので、どちらが最適とも言えないところですよね。
細音啓:『なぜ僕の世界を誰も覚えていないのか?』については、これから似たパターンが増えてくる可能性があると思っていて、原作は終わってるんですけど、漫画版が続いているっていうパターンですね。アニメで小説だけじゃなく、漫画に触れてくれる方が増えてきているのかなと。原作の立場としても、継続している漫画の読者が作品を追うことができるので、僕自身もまだ完結したと思わなくていいんだって感じることも少なくないです。
橘公司:ただ、最近は少し潮流が変わってきているとも思うんですよ。リバイバルも含めて、完結した作品のアニメは昔より増えているんじゃないですか。少し生臭い話になりますけど、昔より資金の回収方法が増えたといいますか。それこそ昔は原作の売上やBD&DVDの売上が大きなところを占めていたと思うんですけど、海外への配信やスマートフォンゲームなど、コンテンツを総体として捉えた時に資金の回収がしやすくなったことで、物語やキャラクターを知ってもらうことそのものがプラスになるケースが増えたんじゃないかなって思います。
細音啓:先ほど橘さんもおっしゃっていましたけど、完結した作品の方が脚本自体は作りやすいんだろうなとは自分も思います。たとえば、謎めいたキャラの謎めいた言動、学校に置いてある彫像や絵画、明らかに何かの伏線だろうっていう要素は、アニメでは扱いに困ることも多いと思うんですよ。原作が最後まで終わっていると、そういった部分の扱いも演出含めて最適化できるというメリットはあるかなって思います。
橘公司:ほかにも1回設定を作ったアニメをもっとやりたいっていうスタッフさんの想いもあるのかもしれませんね。1クールって決して長くはないですし、声優さんもようやくこのキャラクターのことがわかってきたと思ったら最終回なんてこともザラにあるわけで。アニメの設定やキャラクター、背景なんかも制作するのはすごく大変ですし、せっかく作ったんだからもっと使いたいっていう気持ちはあると思うんですよ。完結した作品を含めて、長く作れるようになっているのは良いことなのかなと思います。今でこそアニメの5期は珍しいかもしれないですけど、これからはもっと増えてくるんじゃないかなって思います。もちろん支持をいただいて、タイミングあってのことだとは思うんですけど。
細音啓:アニメのリメイクが増えているっていうお話もありましたけど、過去にアニメ化された作品をもう1度、今の技術でアニメ化するというパターンだけでなく、アニメ化せずに完結した作品でも、面白い作品はあるので、そういう作品のアニメ化が増えたらいいなって僕も思います。新人賞受賞作で「このライトノベルがすごい!」にもランクインした『蒼穹のカルマ』って作品があるんですけど(笑)。
橘公司:僕は今でも待ってますよ!(笑)。
細音啓:僕もまだ『世界の終わりの世界録〈アンコール〉』のアニメ化のお誘い待ってますよ(笑)。
橘公司:『氷結鏡界のエデン』と『不完全神性機関イリス』もやりましょう!『黄昏色の詠使い』もいいぞ!
細音啓:そこらへんへの可能性を少しでも感じられるという点ではいい時代なのかもしれないですね。
橘公司:今後、僕らの新作がめっちゃ売れたら、あの作者のシリーズってことでやってもらえる確率もゼロじゃないですからね。
細音啓:確かに(笑)。
橘公司:なのでこれからも頑張らないと!何度も言うけど『蒼穹のカルマ』、僕はいまだにメディアミックスを待っているので(笑)。
※『デート・ア・ライブ』も『なぜ僕の世界を誰も覚えていないのか?』も2020年に完結している
――ちなみに、完結作品のアニメ化だからこそ、シリーズとしての執筆をしなくて済んで、お仕事的に助かるみたいな気持ちはあったりしませんか?(笑)。
橘公司:いやー、どうでしょう。結局いろんな理由で仕事は増える気がします(笑)。仮に昔完結したシリーズがアニメ化しますってなったら、「とりあえず1冊書いておこう」ってなると思います。
細音啓:間違いないです(笑)。
橘公司:やっぱり商材は新しく用意しないといけませんからね。「短編集やっとく?」みたいに絶対なりますから(笑)。ある意味、完結したシリーズの新エピソードが読めるチャンスかもしれないですね。
――ありがとうございます。それではあらためて、放送中のアニメ『神は遊戯に飢えている。』、『デート・ア・ライブV』の見どころを教えてください。
細音啓:『神は遊戯に飢えている。』は神様とゲームをするっていう作品なんですけど、小説では文字でしか伝えられないゲームのルールは情報量が多くて、入りにくい部分もあるのかなと思っていますが、アニメではそういった部分を視覚で直接伝えることができ、面白さをダイレクトにお伝えできているんじゃないかなと思っています。キャストの方々も楽しく演じてくださっているので、自分もファンの一人だと思いながら楽しく見ていますので、みなさまにも引き続きご覧になっていただけたら嬉しいです。
橘公司:今作で5期ということで、僕が『デート・ア・ライブ』という物語を構想した時に、最初に「これをやりたい」と決めていたところが、ようやくアニメ化されます。冷静に考えたら遅すぎるんですけど(笑)。原作でいうと第17巻~ですね。ついに映像化されますので、原作を知っている方なら待っていたというシーンが、これでもかと連続します。個人的にも澪編がアニメになるとは思っていなかったので、これまでアニメでは謎とされていたものが、ほとんどすべて解明されていくことになると思います。そこはぜひ期待していただき、そして楽しんでいただけたらと思います。この対談が公開される頃には、ちょうど熱いところを放送しているんじゃないですかね(笑)。そこからもさらに熱い展開が待っているので、楽しみにしていただけたらと思います。
※2024年4月より好評放送&配信中
■細音啓「作家生活最大のピンチはファンタジー冬の時代」
――ではここからは主旨を少し変えて、いろいろおうかがいしていきたいと思います。お二人とも作家生活は15年を超えていらっしゃるとのことで、これまでの作家生活で一番のピンチだった出来事を聞いてみたいです。
細音啓:思い当たることはあるんですけど……これ、どこまで言っていいのかな。すごいリアルな話で(笑)。
橘公司:なんですか? 気になります(笑)。
細音啓:僕の中で鮮明に覚えているのが、アニメのお話で「ファンタジーが……」というお話を少ししましたけど、MF文庫Jから端を発したラブコメがライトノベルを席巻した時期があったんですよ。
橘公司:あー、ありましたねえ。
細音啓:本当に凄い時期があって、ファンタジア文庫もそっちの方向に切り替えていこうっていう動きがあったんです。当時の担当編集さんと話をしていても、ファンタジーはこれから少し冬の時代になるかもしれないということを、ひしひしと感じざるを得なくて。その時が僕の中では一番「ヤバい!」って感じたんですよ。
橘公司:細音さん、ファンタジーの人でしたもんね。
細音啓:それで、本当にどうしようと思って、ちょっと途方に暮れていた時期もありました。それこそ「自分の作品の系統や傾向を変えるのか……?」と、考えたりもしていました。僕の場合、非常にありがたいことに新人賞受賞作の『黄昏色の詠使い』に根強いファンがいてくださいました。だからもし作風を変えてしまうと、そういった方々の期待に応えられなくなってしまう、でも今のままだと編集部の期待には応えられない、そんな板挟みのジレンマがあったんですよ。本当に悩んだというか、とにかく考え込んだ時期でしたね。そんな時にお声がかかったのが、MF文庫Jの編集さんからだったんです。
橘公司:ほう?
細音啓:面白いのが、MF文庫Jからラブコメが広がっていったんですけど、他のレーベルに広がっていった時には、既にMF文庫Jは「次」を探し始めていた時期でもあったんです。そしてMF文庫Jの編集さんに僕はファンタジー作品の企画を出したんですよ。そしたら「これは面白いと思います」と言っていただけて、その企画を練り上げて刊行したのが『世界の終わりの世界録〈アンコール〉』。僕はこの作品で初めて100万部を超えることになりました。ファンタジーをずっと書いていて、そんなファンタジーが苦しくなった時代に、見てくださる人もいるんだっていうので、すごい助けてもらったというか、ご縁があったというか。
※細音先生初の100万部突破作品となった『世界の終わりの世界録〈アンコール〉』
橘公司:そんな追放系みたいな物語があったんですね(笑)。
細音啓:あったんですよ(笑)。
橘公司:今さらファンタジーを書いてくれと言われてももう遅い!(笑)。
一同:――(笑)。
橘公司:まあでも、その後ちゃんとファンタジアでも『キミ戦』をヒットさせているのが細音さんのすごいところだと思います。
細音啓:本当に縁に恵まれているなって思います。当時のことは橘さんも詳しいですよね(笑)。
橘公司:そうですね、実際バトルやファンタジーの企画が通りづらい時期はあったと思います。
細音啓:当時は、厳しい時代の中でも自身の作風を堅持した方や、或いは別のところへ活路を見出だしに行った方が結構いらっしゃった気がしますね。
橘公司:だいぶいましたね。『デート・ア・ライブ』を出した頃が、ラブコメ全盛の中期から後期にかけてくらいだったと思うんですけど、僕は感覚が鈍かったので書けるものを出した感じですね。主人公を男にしたり、ラブコメ要素を入れたりと、編集さんのオーダーはある程度受けていたつもりですけど、でもバトルはやりたいっていう点はお伝えして、あの形になりました。
※ラブコメ全盛の最中に刊行された『デート・ア・ライブ』
細音啓:だからすごいんですよ。あの時代にファンタジーを出してヒットすることの凄さは本当に計り知れない。
橘公司:とはいえハイファンタジーではないので……。『デート・ア・ライブ』がハイファンタジーだったら、おそらく企画は通らなかったと思いますよ。最初にやりたくてプロットに盛り込んだ内容も、執筆できたのは第17巻でしたし。僕が企画段階で出すプロットや設定って、基本編集さんに「やってもいいけど、キャラクターがちゃんと受け入れられた後でね」って言われたりすることがほとんどで、最初に出すものとしてはどこか的が外れてるんだろうなとか、未だにそのあたりは掴めてない気がします(笑)。
細音啓:橘さんの最大の危機ってどのタイミングだったんですか。
橘公司:僕の最大のピンチは……『ファンタジア・リビルド』の時ですね。あのタイミングが多分人生で一番忙しかったです。とにかく様々な紆余曲折がたくさんあって、『デート・ア・ライブ』の完結や『王様のプロポーズ』の立ち上げとも時期が丸被りしていましたし、本当にヤバかったです。最後の最後は愛と執念で乗り越えました。結果いいものが書けたと思っています。僕は富士見ファンだったから耐えられたけど、富士見ファンじゃなかったら耐えられなかった(笑)。
一同:――(笑)。
■作家業を長く続けるには健康寿命が大切
――長らく作家業をやられていると、様々な時流の変化に触れてこられているわけですよね。また、座り仕事でもある作家業とは切っても切り離せない健康面についてもお聞きしたいのですが、実際問題としてキてるなと思うことはありますか。
橘公司:常に。
細音啓:常に。
橘公司:最近整体によく行くんですけど、行くたびに「なんですかこれ?ヤバいじゃないですか」って笑われてますよ(笑)。昔は腰だけだったんですけど、今は肩腰が常にキてますね。気を付けていることと言えば、僕は基本的に外で作業をするので、やや遠めの喫茶店に通ったりして、最低限の運動をそこでまかなったりしてます。逆に言うとそれ以外はやっていないので、何かやらないといけないとは思ってますね。座りっぱなしは本当によくないって言うので、立たないと。細音さんは何かやってます?
細音啓:僕もやりたいけど、最近できてないんですよ。なので、オンラインでの会議の時は、高さを調整できるスタンディングデスクを使って、常に立って参加するようにはしてます。せめて座らずに立とうかなって。
橘公司:いいですね。
細音啓:逆に言うとそれだけっていう(笑)。自分は背中がすごくヤバい、ずっとつらいですもん。
橘公司:腰や背中、長く作家業を続けていて、どこにもガタがきてない作家さんはいないんじゃないかな?僕が知らないだけでいるのかもしれないけど。
細音啓:座り続けるのは本当によくないと思っていて。SNSで良い椅子を買いなさいっていう投稿もあったりすると思うんですけど、良い椅子でも結局ダメージをゼロにするわけじゃない。毎秒100のダメージを20や30に軽減してくれているだけっていうのは注意が必要だと思うんですよ。
橘公司:そこまで軽減してくれるならそれはそれでありがたいですけどね(笑)。
細音啓:ただ結局長く座っていると、軽減しきれないダメージが蓄積するので、座り続けることを前提にすると、どんな椅子を買ってもダメなんだなっていうのは思ってます。
橘公司:座り続けるのは寿命を縮めるって言いますからね。
細音啓:なんか言いますよね。
橘公司:よく20分に1回立てって言われますけど、スパンが短いんですよ!(笑)。本当に作家さんと、これから作家を目指す方は健康に気を付けてもらいたい。
細音啓:なんかネタにできないですかね。たとえばラノベ作家全員で人間ドック受けてみた、みたいな(笑)。
橘公司:健康寿命が短くなると、書ける残り時間も短くなってしまいますからね。僕らだってどれだけ調子がよくても、年間数冊を刊行し続けて、現役を続けられる期間はあと20年からせいぜい30年じゃないですか。僕は『デート・ア・ライブ』が完結するのに約10年かかっているので、あの規模の物語を書こうとすると、もう2本か3本しか書けない。恐ろしいことですよ本当に!
細音啓:そう考えるとすごいですよね。
橘公司:作家業は肉体労働に比べて長くできるというのはあるかもしれないんですけど、年齢と共にだんだん書けなくなるっていうのは事実だと思うんですよ。老化によって文章が出てこなくなるっていうのも純然たる事実としてあるので。だから30年って言いましたけど、もしかしたらもっと早く書けなくなるかもしれないし、書けるうちに書くしかないと思います。
■橘公司「ファンタジーの魅力はやっぱり格好良さ!」
――お二人には健康に気をつけていただきながら、1日でも長く執筆活動を続けていただきたいです。続いてですが、お二人の作風と言えばやはりファンタジーの印象が強いです。あらためてそれぞれが考えるファンタジーの魅力についてお聞かせいただけますでしょうか。
橘公司:僕の作品は確かにファンタジーなんですけど、ファンタジーにはハイファンタジーとローファンタジーってあるじゃないですか。僕が発表しているシリーズは、現代日本ベースのローファンタジーが多いんですよ。厳密に言うと、デビュー作の『蒼穹のカルマ』はハイファンタジーなんですけど、世界観の作りがやや特殊でして、蒼穹園っていうほぼほぼ現代日本なんだけど、ちょっと違う半ハイ、半ローみたいな感じなんですよね。何しろ主人公の名前が漢字ですから(笑)。なので、ファンタジー作家って言われて素直に「はい」って言えない感じというか、剣と魔法のハイファンタジーを商業ベースで書いたことはなくて、どっちつかずの蝙蝠みたいなところがある(笑)。個人的にはもっとハイファンタジーも書いてはみたい。僕のライトノベルの入りが『フォーチュン・クエスト』や『スレイヤーズ』なので、そもそもの創作のベースもそっちにありますし。ファンタジーの魅力って言われたら、やっぱり格好良さじゃないですかね。
細音啓:それは間違いないですね。
橘公司:すごくシンプルな話になっちゃうんですけど、やっぱり格好いいんですよ!『スレイヤーズ』とか『オーフェン』の影響で、昔も今も僕は物語を作る際、能力設定や魔術理論から話を作るので、そういった力の存在する世界の話に自然となっていきましたよね。現実にはできないことが小説ならできる。やっぱり人間たるもの、手から火を出したいじゃないですか(笑)。
細音啓:まずファンタジーってなんぞやっていうところですよね。僕自身、ファンタジーを定義するつもりはないんですけど、さきほど橘さんがハイファンタジー、ローファンタジーっておっしゃられていたじゃないですか。僕の中ではハイロー問わず、この要素が出てきたらファンタジーなんだろうなっていう要素が二つあるんですよ。ひとつが魔法。もうひとつが竜ですね。
橘公司:わかります!
細音啓:この2つのどちらかが出てきたら、僕はファンタジーだと思ってます。今流行っている作品だと勇者や魔王、エルフ、ドワーフなどが目立っていて、それもファンタジーのひとつの要素になっているかもしれませんけど、『ファイナルファンタジー』や『ドラゴンクエスト』にエルフやドワーフは基本登場しないじゃないですか。でも、必ずドラゴンは出てくると思うんです。それこそ『王様のプロポーズ』も序盤からドラゴンが出てきたわけじゃないですか。
橘公司:あれはもう、象徴的な敵として登場させましたね。
細音啓:僕の中ではファンタジーに対する魔法と竜という要素が、ワクワク感や格好良さに繋がっていることが多いですし、それに尽きるのかなとも思ってます。僕も設定から作るのが好きなんですよ。魔法の詠唱を考えるのも好きですし、人間だと思っていたキャラクターの正体が実は天使だったり。翼の生えた女の子はみんな好きじゃないですか(笑)。
橘公司:いいですねー!
細音啓:やっぱり世界観やキャラクターに対して、格好良さと神秘的なバフを与えることができるのが、ファンタジーの良さかなって思っています。ただ一方で、なぜファンタジー冬の時代が訪れたのかっていうのはあるんですけど(笑)。
橘公司:それは1巡したからだと思うんですよね。盛り上がりは時代と共に巡るものなので。『スレイヤーズ』や『ロードス島戦記』の頃って、「ライトノベル=ファンタジー」みたいな時代だったわけじゃないですか。1回盛り上がったものはずっと盛り上がり続けるわけじゃなくて、1周していくんだろうなって思います。「小説家になろう」の隆盛で、ファンタジーはまた増えましたしね。それこそ十何年前、あれだけファンタジーは企画が通らないって言われていたのに、今はファンタジーを求められて困惑しているっていう作家さんも少なくないですから(笑)。
細音啓:そうですね。今でもファンタジーの良さや、設定が持っているキャラクターや世界観へのワクワク、格好良さは出せると思うので、頑張りたいですね。
橘公司:僕らはドラゴンマガジンの系譜なので、ドラゴンの末裔として頑張っていかないと(笑)。
■橘先生のキャラは解像度が高く、細音先生のキャラは誠実を美徳としている
――ファンタジーのお話をしていただいたところで、あらためてお互いの作品や作風へのイメージや印象などについてもお聞かせください。
細音啓:橘さんの作品に対する僕のイメージは結構明確なものがあって、現在の流行を押さえて、なおかつ未来の流行の一部を押さえる、でもそういった流行に染まり切らないところなのかなと思ってます。キャラクターや設定に関しては、「これが格好いいだろう」っていうものをしっかりと持っている作家なのかなと。『デート・ア・ライブ』で言えば時崎狂三、『王様のプロポーズ』だと久遠崎彩禍や鴇嶋喰良ですよね。個人的には他のライトノベルでは見かけないなっていうヒロインが多い気がしていて、どんなキャラクターや物語を仕掛けてくるのか常に楽しみな感じがあります。橘さんはキャラクターの解像度がめちゃくちゃ高いんだろうなって思いますね。
橘公司:解像度が高いかどうかはわかりませんが、キャラクターに関しては熱が入れば入るほど細かい設定や指定をしてしまいます。デザインをお願いする際、いい資料が見つからない時は自分で描いて伝えたりもしますね。
細音啓:それがすごくて、なかなかそういう作家さんっていないじゃないですか。
橘公司:細音さんは自分で描いてるじゃないですか(笑)。
細音啓:僕はそれをやりすぎてしまうことがあり……(笑)。僕の場合は余計な部分まで伝えちゃってあまりよくないんですよ。要素を伝えてイラストレーターさんにお任せできれば一番いいとは思うんですけど、参考にならない部分まで伝えちゃうと、イラストレーターさんがそれに引っ張られちゃう可能性もあるので、どういう伝え方がいいのかはずっと考えてます。橘さんはやっぱり、自分のこのキャラ可愛いだろう、格好いいだろう、魔法の詠唱とかもそうなんですけど、そういうのをお持ちの作家なのかなと思いますね。
橘公司:ありがとうございます。キャラクターに関してはそうですね。完全に好みで固めるタイプで。ただ評価をいただいた、今の流行をとらえつつ次の流行をっていうのは、完全に僕ではなく担当編集さんの功績です(笑)。僕はそのへん、すごく苦手で、担当さんのおかげでなんとかなってます。僕だけでやると、おそらく売り物にならないエゴの塊みたいなものができますね(笑)。
一同:――(笑)。
橘公司:僕から見た細音さんに関してはいろいろあるんですけど、包括的、全体的に横たわるイメージとして、キャラクターの根の部分に、ある種の公正さというか、品の良さみたいなものが共通してあると思うんですよ。正負でいうところの正に位置するキャラクターが多くて、まっすぐ誠実なものを美徳とするというテーマやメッセージ性は感じることが多いです。もちろん悪役とか仇役みたいな勢力は存在するんですけど、悪にも種類があるじゃないですか。気高い敵と小物臭がプンプンする悪役って別物なわけで。鍵になるキャラクターを創造する際に、細音さんは前者を優先するんじゃないかなっていうイメージはあって、トータルデザインの美しさがあるのかなって感じますね。もちろん作品数が多いんで、僕が読めてないところでめちゃくちゃやってる可能性もゼロじゃないんですけど(笑)。
細音啓:でも実際そうかもしれないですね。ありがとうございます(笑)。
■いろんなレーベルで執筆するメリットとデメリット
――お二人の執筆の環境についても触れたいのですが、細音先生はファンタジア文庫やMF文庫Jをはじめ、複数のレーベルで作品を刊行されてこられていますが、橘先生はファンタジア文庫一本で書き続けておられますよね。それぞれ感じるメリットやデメリットがあれば教えてください。
細音啓:僕は複数のレーベルで書かせていただいているんですけど、ひとつのレーベルで書いていた当時、流行り等の影響もあって、通りにくい企画がありました。一方で、他の編集者さんからは違った評価を受けることがあるんだということを学びましたよね。そこからは出会いを大切にしたいっていう気持ちが強くなりました。新しい編集者さんとお仕事をすると、新しいものの見方を学ぶことができるのかなと思いますし、レーベルに付いている読者さんも一定数いらっしゃるので、新しい読者さんとの出会いもあるのかなと。デメリットはある種当然ではあるんですけど、複数の作品を書くので忙しくなるということと、レーベルが移ると、思った以上にいろんなものがリセットされやすいと個人的には感じました。この作者さんが他のレーベルで書いたからその作品も追いかけようっていうのはなかなかなくて。僕の場合だとファンタジア文庫で積み上げてきた作家としての知名度が、新しいレーベルではほとんど1からスタートになる。知ってもらうために、これまでとは違った努力が必要になってくる感じでしたね。
橘公司:僕はアンソロジーとかの例外を除くと、ファンタジア文庫だけでやらせていただいていますね。細音さんのように声をかけていただけないので(笑)。
一同:――(笑)。
橘公司:まあ、基本的にマルチタスクがあまり得意ではないこともありまして。あとは、運良くというか幸いなことに、デビュー前から担当編集さんが1回も変わらないまま15年きてるんですよ。なので相性もあるのかなと思いますね。
細音啓:担当編集さんが変わらずにきているってすごいですよね。かなり珍しい気がします。
橘公司:誰しもがうまくいくかはわからないですけど、僕の場合は担当編集さんがずっとついてくれていたのは大きいと思います。これはメリットもかなりあって、僕よりも僕の書くものや傾向、得意分野を知ってくれている気がする。そういったディレクションをしていただけるのはありがたいですし、同じ場所で長くやっているからだと思います。後は窓口が一本化されているので、スケジュールも自動的に一本化される。そのやりやすさはありますね。複数のレーベルを跨いでいると、締切が重なったりすることもあるじゃないですか。みんなよく捌けるなって思います。僕は捌ける自信がないです。
細音啓:『ファンタジア・リビルド』も含めてすごい大変だったわけですもんね。
橘公司:あれも担当さんが間に入ってくれていたから、ギリギリいけていた感じですからね。担当部署が違っていたらかなりマズかったかもしれないです。なので、いろんなところで並行して書けている作家さんは単純にすごいなって思います。あとは今後の希望的観測になりますが、〇〇先生の作品を読めるのは〇〇だけ!みたいな一種のブランディングに一役買うっていうのはあるのかもしれないですね。複数レーベルで書くことが昔より一般化している中、僕はここ一本でやっています、という、老舗和菓子店みたいなポジションというか。逆にデメリットは、僕に仕事を振りたい人が、「この人ファンタジアでしか書いてないからやめとくか」と、得られるはずの仕事が消えている可能性でしょうか(笑)。ただ、逆に長くやりすぎて、担当編集さんが変わったら書けなくなる気がするので、そういったところもメリットとデメリットかなと思います。
■今後のライトノベルムーブメントは……現代異能バトルが見たい!
――ありがとうございます。続いてはライトノベル業界に15年以上と長きにわたって身を置かれているお二人に、今後のライトノベルのムーブメントについて占っていただきたいと思いますがお願いできますでしょうか。
橘公司:細音さん、次は何くると思います?(笑)。
細音啓:僕からいいですか? ある意味で卑怯な回答になっちゃうかもしれないんですけど、いずれジャンルではない時代がくるのかなって感じているんですよ。
橘公司:ほう!
細音啓:WEBと書き下ろしとでまた違ってくるとは思うんですけど、書き下ろしベースのお話として、たとえばSNSで展開しやすいものが中心になっていくという流れは、個人的に避けられないのかなと思ってるんです。たとえばSNSにおいて4コマで説明できるものとか。だからラブコメは根強いのかなと思っているところもあるんですけど。でも、じゃあラブコメで、同居ものや義妹ものが売れたから、乗り込めーって、乗り込んで売れる時代でもなくなっていくのかなとも思うんです。このあたりは原点が頂点みたいなところがある気がしていて、一ジャンル一個体みたいな作品が強いんじゃないかなって思うんですよ。新人賞だと割と顕著で、『スパイ教室』や『探偵はもう、死んでいる。』、『死亡遊戯で飯を食う。』といった、ジャンルに区分けされないような作品が突き抜けていくのかなと感じています。噂レベルで、ロボットものは売れにくいとか、和風は売れにくいとか、難しいと言われているジャンルはあるんですけど、「売れるジャンル」という意味において、僕は売れているジャンルを注視しない方がいい時代になってきているのかもしれないなって感じます。橘さんは流行の把握が苦手って言ってましたけど、絶対持ってるんで(笑)。そこらへんについて聞いてみたいですね。
橘公司:流行というか、僕は書けるものしか書けないですからね(笑)。もちろんある程度チューニングはしますが、その時、上手いこと波長が合えばいいなって感じです。とはいえ、たしかに細音さんの言うことはすごくよくわかるんですよ。WEBに限るとまだ流行の流れってあるんですけど、これを書いておけばある程度安牌で売れるっていうのは、昔に比べてだいぶ薄くなってきたとは思いますね。最近ちらほら目につくなって思うのがラノベミステリかな。増えてるかなって。
細音啓:そうですね。
橘公司:これがムーブメントになるかどうかはわからないんですけど、今時だなって思います。個人的にはそろそろ1周して、現代異能バトルが見たいですね、僕好きなんで(笑)。ラブコメの波とWEBファンタジーの波が来て、今はちょっと少なくなってきているんですけど、もう1回流れが来ないかなって思ってます。
――流れはきそうですか?
橘公司:まだ流れというほどの大きなムーブになっていない気がしますね。『王様のプロポーズ』で牽引できれば最高ですが(笑)。まあ、究極を言うと、結局自分がジャンルを牽引できたら一番なんですよ。ムーブメントの始祖になれたら、それが一番いい。先ほど細音さんが挙げてくださったオンリーワンになる作品。自分の書いたものが人気になって、流れを作れたら一番ですよね。相当難しいですけど。
細音啓:そういえば、ライトノベルにきそうでこなかったのが「eスポーツ」。あんまりこなかったなっていう印象があるんですよね。
橘公司:確かに。作家仲間から構想は聞いたことあるけど、結局その人は書いてないかもしれない。漫画だとたくさんではないけど、eスポーツものはありますよね。
細音啓:ありますね。でも縦読み漫画ではeスポーツってあんまりないんですよ。eスポーツものをやろうとすると、オリジナルのゲームを作らなくちゃいけないのもハードルかもしれません。
橘公司:ああ、そっか。このゲームを使わせてくださいって、協賛をつけたりしないといけないですからね。
細音啓:あとVTuberものはどうなんですかね。
橘公司:VTuberものは自分も言おうと思ったんですけど、今後どうなるんですかね。『VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた』が今度アニメ化するじゃないですか。あとは『アラサーがVTuberになった話。』が結構人気だって聞いて、男性主人公でもアリなんだっていうのは、「なるほど!」って思わず膝を打ちました。基本的に女の子を眺める方が主流だったと思うんですけど、ライトノベルでもそっちの欲求あったんだなって。
細音啓:そうですね。
橘公司:だからその辺りでポンと売れるものが出てきたら、追随する作品は出てくるかもしれない。ただそれが転生もののような巨大なムーブメントになるかと言われたらまた難しいですけどね。さっき言ったラノベミステリは、細音さんの言うSNSとの親和性が高いとは言いにくいんですけど、読者の二極化もあると思ってるんですよ。簡単に摂取できるものを求める層が大半を占めてはいると思いますが、読み応えを求める層も一定数はいると思っていて、そこにリーチしやすいものだと思うんです。ただ、ミステリは書ける人を探すことも含めて難しいですからね……ホント次何がくるんでしょう(笑)。
細音啓:個人的にはホラーですごい作品を読みたいなって気持ちが結構あるんですよ。何本もたくさん見たいというよりは、本当に上質な作品を一本見られればっていう感じなんですけど。昔『リング』とかでホラーブームもありましたしね。あと『人狼ゲーム』とか『マーダーミステリー』を題材にしたものも、個人的に好きなジャンルなので見てみたいなあと。
橘公司:僕が面白いなって思っていて、でも追随が少ないなと思うのは『変な家』。あれって家の間取り図を載せて、それにまつわる話を展開していくわけじゃないですか。要は絵や図を載せて、まつわるエピソードを描くっていうのは、書ける人がいればもっとムーブメントになってもおかしくないのかなって思います。むしろライトノベルが得意とするフィールドでもあるので、ちゃんと練れる人さえいれば、挑戦してみる価値はあるんじゃないかなと。あれももとはWEB記事ですからね。
細音啓:そうですね。
橘公司:これを書いたらある程度売れるっていう定石は、十数年前には確かにありました。売れるというか、売れると思われていたというか。ラブコメや変な部活ものがめちゃくちゃ増えた時期とか。もちろん売れたものも売れなかったものもあるんですが、そういう時期にはそういった企画が通りやすくなるのは間違いなくて、書いていた人は多かったと思う。でも、それって書きたかった人や得意な人はいいんだけど、本当はこれを書きたかったけど、流行りだから別のものを書かざるを得ないっていう人も結構いたと思うんですよ。どれを書けば安定的に売れるっていうものがない時代の、数少ない良い点としては、何を書けば売れるかわからないからこそ、自分が本当に書きたい企画が通りやすいっていうものがあるのかもしれない。作家のこだわりに任せてみようかっていう。それが以前よりは、増えていくのかもしれないですね。しかし何が来るんですかね!現代異能バトルきてくれないですかね!みんなで能力設定考えようぜ!漢字にカタカナ振ろうぜ!(笑)。
一同:――(笑)。
――それでは最後にファンの皆さんに向けて一言ずつお願いします。
橘公司:長らくお待たせいたしましたが、アニメ5期放送中でございます。アニメ第1期より11年、様々な幸運に恵まれて、ここまでくることができました。何度も言いますが5期は『デート・ア・ライブ』の大トロ的なエピソード盛りだくさんなので、ぜひお楽しみにしていただけたら幸いです。また『王様のプロポーズ』というシリーズも刊行中でございます。ぜひ新刊もチェックしていただけたら幸いです。これからも頑張ってまいりますので、よろしくお願いいたします。
細音啓:橘さんとこういう形でお話させていただく機会をいただいてありがとうございます。自分は4月から『神は遊戯に飢えている。』のアニメが放送中となっており、見ていただいて応援してくださっているみなさまには感謝の気持ちでいっぱいです。そして7月には『なぜ僕の世界を誰も覚えていないのか?』、『キミと僕の最後の戦場、あるいは世界が始まる聖戦 Season II』のアニメが控えています。3作品いずれも、世界観や作風が違いますので、全部楽しんでいただけたら嬉しいなと思います。対談してくださった橘さんの『デート・ア・ライブ』という超大作はもちろん、『王様のプロポーズ』っていう新作は今からでも追いやすいですし、コミックとかもめちゃくちゃ綺麗な作画で描かれています。自分も読んでいてすごく面白いと感じているので、『デート・ア・ライブ』を追いかけているファンの方も、今から『王様のプロポーズ』をぜひ読んでみてください。作家からもオススメできる作品です。
橘公司:最後に宣伝までしていただいてありがとうございます(笑)。
※『王様のプロポーズ』は第6巻、『神は遊戯に飢えている。』は第7巻まで発売中!
――本日はありがとうございました。
<了>
アニメ『神は遊戯に飢えている。』、アニメ『デート・ア・ライブV』は好評放送・配信中。
<取材・文:ラノベニュースオンライン編集長・鈴木>
©2024 細音啓,智瀬といろ/KADOKAWA/神飢え製作委員会
©2024 細音啓/KADOKAWA/なぜ僕製作委員会
©細音啓・猫鍋蒼/KADOKAWA/キミ戦2製作委員会
©2023 橘公司・つなこ/KADOKAWA/「デート・ア・ライブⅤ」製作委員会
[関連サイト]
TVアニメ『なぜ僕の世界を誰も覚えていないのか?』公式サイト
TVアニメ『キミと僕の最後の戦場、あるいは世界が始まる聖戦』公式サイト