【2020始動特別企画】宇野朴人×二丸修一×三河ごーすと鼎談「なぜ我々は10万部超えの新作を生み出せたのか?」

【シリーズ累計10万部を突破した各作品。それぞれ異なった売れ方】

――あらためてシリーズ累計10万部を突破した各々3作品について、その売れ方というのはどのように感じられているのでしょうか。

三河:この3作品は、それぞれ別の売れ方をしていると思います。別ではあるけど初動の調子がよかったという点は同じかな。

二丸:最初の勢いが出ないとなかなかね。そこからの推し方も当然あると思うし。

三河:たとえば『おさまけ』が伸びたのは、完全に2巻発売のタイミングだったと思うんですよね。もちろん1巻に重版もかかってはいたけど。

二丸:CMとPVが9月くらいに公開されました。そこからの伸びはかなりあったので、間違いなく影響はあったと思います。

三河:かなり珍しいタイプだったと思うんですよ。CMやPVによる宣伝が1巻と2巻の間に多く行われるってあんまり聞かないし見ないから(笑)。

――ただ難しいのは、PVを制作したとしても必ず売上に直結するわけではないんですよね。

三河:『おさまけ』については個人的な分析結果があります。あくまで仮説でしかないけど。

宇野:聞きたいですね。

三河:あくまで私個人の仮説であるということを念押ししておきますね(笑)。『おさまけ』のPV施策がほかの作品のPV施策と決定的に異なる点があったとすれば、声優さんの起用方法と書店展開との連動なんじゃないかなと。PVのタイトルでは声優さんの名前が作品名よりも前に記載されていて、同時に書店に流通していた重版分の本の帯にも、しっかりその声優さんの写真とコメントが載っている。人気声優さんが前面に押し出されていて、そういう戦略だったのかなって傍目に感じていました。実際どうなのかはわかりませんが。

二丸:1巻がある程度動いていたからこそ、できたプロモーションだったのかなとも思いますね。1巻を発売時に盛り上げるという位置づけのPVでもなかったわけですし。

宇野:『ななつま』に関してもCMも早い段階で作っていただいていた。大きな販売店さんでは看板なんかもだいぶ前から出していただいていましたね。その中でも一番大きかったのは、やっぱり書店員さんからのプッシュだったのかなって思うんですよ。「ラノベ好き書店員大賞2019」でも1位をいただいて、これは「このラノ」に先行しての1位でもあったわけで。あとは系譜のお話も含めて遡ると、『アルデラミン』の読者を一定数引き継げたことも大きかったかな。ここが二人とは一番違うところなんじゃないかなと思います。前のシリーズから今のシリーズへ読者を引き継ぐという話も、そう簡単な話じゃないと思うんですよね。特にジャンルが変わっているので不安もあった。だからこそ、『アルデラミン』の最終巻に『ななつま』の試し読みを収録してもらったり、チャレンジングなこともしてもらいました。最終的に読者の方に付いてきていただけている感じはあるので、『アルデラミン』を読んで宇野朴人に読者が期待していたものを、『ななつま』でも書くことができているんだなって自己認識しています。

三河:実際、読者の期待に応えられていると思いますし、そういう声も聴きますからね。書店員さんの話がありましたけど、そこもかなり大事だと思うんですよ。『いもウザ』もそこはかなりあって、1巻では事前にゲラを読んでいただいた書店員さんから応援コメントをいただいたりもしました。そういった後押しも大きかったんじゃないかと思いますね。

宇野:何年か前から書店員間のネットワークのようなものがある程度構築されて、ラノベ好き書店員大賞のような書店員間のイベントもあって。我々が思っている以上に、ひとりの書店員さんの影響力って大きいんじゃないかって思うんですよ。

三河:考えてみれば当然と言えば当然ですよね。だって売場の最前線ですし。ラノベがどこで買われるかって書店で買われるわけですから。

宇野:POPをはじめ、棚における作品の並べ方も書店員さんのさじ加減ひとつですから、全然違いますよね。

二丸:もちろん客層にもよるとは思うんですけど、POPがたくさんあるところもあれば、まったくPOPがないところもある。熱心な書店員さんの存在は本当に我々の助けになっていますよね。

――確かにそうですよね。そうなると書店員さんの「この作品を推そう」という熱量を、どうやって引き出していけるかという考え方も今後は重要になってきそうですね。

宇野:これは「このラノ」とも繋がっているところは大きいと思っていて、書店員さんにはかなり本を読まれる方も多いはず。その属性はいわゆる「ラノベ読み」ってところにも近いと思うんですよ。そうなると素人好みよりも玄人好みな作品を書店員さんは好きなんじゃないかって思うこともある。結果として自分が書きたい作品は書店員さんに推してもらいやすいのかなって(笑)。書店員さんという客層の意識もすごく大切なのかもしれない。

三河:取次から最初に卸されるのは書店ですからね。そういう意味でも書店が最初のお客さんでもある。

二丸:そうなるとますます作品としての「推しのわかりやすさ」も大事なのかなって思っちゃいますね。

三河:「推しのわかりやすさ」はすごい大事ですよね。POPの制作や棚の作り方にも大いに影響しそうですし。この作品って何が面白いの、何が特別なのって一言で言える強さは欲しいですね。

宇野:もちろん作品の魅力を一言で説明できないのは当然なんだけど、それはそれとして、一言でプッシュできるポイントを作ってあげることは大事なのかなって思う。

三河:『いもウザ』だって『おさまけ』だって『ななつま』だって、一言で言えるポイントがある。でもそれは中身を一言で例えることとはまた違う。「推しのわかりやすさ」を用意しながら、多角的な魅力を入れていくことが重要ですね。

宇野:それこそ『バジリスク』の――

《せがわまさき先生の『バジリスク』の「推しのわかりやすさ」や作品内容で大いに盛り上がりました》

【触れずにはいられない「パッケージ力」の重要性】

二丸:売れ方という意味合いではみんな違うんですけど、共通して言えるのは「パッケージ力」ですよね。初動に影響を及ぼしたのは間違いなくパッケージの力が大きいと思う。

宇野:そうだね。

三河:絶対そう。「パッケージ力」についてどうですか。ラノベニュースオンラインの編集長はいち読者視点というか、作り手側じゃない、購入者側として。我々としてはかなり意識していることがあるんですけど、何か感じられました?

※3作品の第1巻のパッケージ

――私はラノベを基本的には書店で買うようにしていまして、平積み時のジャケットの吸引力は結構見ています。何十作品と並んでいる中で、総じて目立つパッケージングはまず目を惹きますし、目立つかどうかの比較対象はやはりその隣や周囲にある作品のパッケージなんですよね。『いもウザ』がそうですけど、背景が真っ白でヒロインを描くというパッケージは一時期すごく流行っていたと思うんですけど、残念ながら増えれば増えるほど買い手側からすると目が泳ぐ原因にもなってしまうように思います。買い手側としてもどれを見たらいいのかわからなくなってしまうことはありました。

三河:実は一時期、今も多いかもしれないですけど、キャラクターを二人描く表紙が流行ったんですよ。私の『自称Fランク』もそうですよね。ヒロイン単体の表紙が多い中で主人公の目立つ表紙は売場で目立つし、あの構図は主人公の全能感、TUEEE感とヒロインとの関係性や緊密さをアピールするために有効で、当時はそれが結果的に正解でした。でもその後、『自称Fランク』を含めいくつかの売れた作品の影響もあって同様のパッケージがかなり増えた印象がありました。すると当然売場ではヒロイン単体の表紙の作品が減っているはずなので、『いもウザ』はそれを逆手に取って、ヒロイン単体表紙で行こうという発想になりました。

――それと表紙に関してはもうひとつありまして、2017年に発売された『変好き』の前後くらいから、パッケージそのものがひとつの物語になっている作品は、非常に目を惹くようになりました。パッケージとタイトルで物語性が高い作品は、ラノベニュースオンラインで実施している「日刊試読タイム」の記事でも如実にアクセスが違いました。一時期は長文タイトルがその役目を果たそうとしていたと思いますし、実際果たしていたと思います。ただ今はそれだけでなく、長文タイトルに固執せず、描かれるキャラクターとそのシチュエーション、作品タイトルを総合的にデザインし、パッケージの全体像で物語を連想させる作品は「おっ」って思うようになりましたし、「この作品は気になる」という感情を想起させてくれますよね。

三河:我々が意識していることがズバリ出てきましたね(笑)。ありがとうございます。まさにその部分を意識しているんです。物語とおっしゃられましたけど、それを含めた広義の意味での「情報量」ですね。長文タイトルか否かという観点では特に考えていません。タイトル、イラスト、帯、あらすじなど様々な要素をと合わせて最も強く魅力を訴求できるパッケージは何かを常に考え続けています。長文タイトルが増えてきた背景には売れた作品が登場したことはもちろんですけど、WEB小説も影響していまして。WEB小説ではパッケージがなく、イラストに頼れないですから。だからタイトルに情報量を詰め込まないと作品の魅力が伝わらない。逆に言うとWEB発の作品は優秀なタイトルをつけないと大勢の目に留まらず、人気も獲得できないから、商業の市場に投入しても強力なタイトルとなり得るわけですが。商業発の作品はWEB発の作品と異なり最初からイラストが付いているのですから、その強みを全力で活かさない手はないよねと思います。よくイラストが良ければ売れるのであるみたいな話も聞くけど、正確にはイラストの力を最大限借りて最高のパッケージを作れたら売れる、なのかなと。

二丸:イラストが付くという魅力を最大限に活かすためには、我々もイラストレーターさんが持つ特徴をしっかりと把握する必要があるのかなと思いますよね。

宇野:それこそ複数のカバーイラストを見て、どういったシチュエーションや描き方が一番魅力を発揮するのか、第三者の視点でイラストレーターさんの強みを見極めることは、意識的にやってもいいのかもしれないですね。

三河:もちろんイラストレーターさんご自身も、「得意分野はコレ」というのはあると思います。一方でユーザーとしての視点から「その方の魅力はココなのでは」という提案があってもいいのかなって。

二丸:『おさまけ』のカバーイラストは、どんな幼なじみなのか、どうして負けないのかを表紙で表現しなければならないと思いました。だからシチュエーションで、幼なじみの力強さを描いてもらいました。読者さんには作品の3歩目あたりまでを表紙から感じてもらって、4歩目から本文に移ってもらうくらいがちょうどいいのかなって思います。

宇野:『ななつま』にもイラストに込められている情報量はすごくありますね。

三河:『ななつま』はパッケージを考えるにあたり、宇野さんとキャラクターの関係性というか、主人公とヒロインをどう推していくのかという話をしたことがあるんですけど。本人曰く、「斬り合う関係だよ」って(笑)。

宇野:斬り合っている表紙にしたい、という思いは最初からありましたね。

二丸:主人公とヒロインが斬り合う表紙ってなかなかないですよね。剣を持っていたとしても背中合わせであったり、一緒に戦う構図はあっても、斬り合わせる構図は本当に珍しいと思いました。

宇野:『86-エイティシックス-』の表紙に背中を押してもらった気がします。『86-エイティシックス-』が売れて、あの表紙がOKなのだとしたら、自分はもう一歩踏み込んだ表紙にしたいという思いがすごくあったんですよ。なによりミユキルリア先生のイラストが、自分の考える踏み込んだイラストに耐えられる強度を持たれていて、これはもうやるしかないと。

※『86-エイティシックス-』の表紙は作家視点からも衝撃的だったという

三河:『86-エイティシックス-』の表紙の何がすごいかって、あの一枚から二人のすれ違ってそうな雰囲気や切なそうな雰囲気が出ていて、イラストに込められた情報量が圧倒的に多いんですよね。これまでに見たことのないタイプの表紙だったのもあり、目を惹きつけるパワーが凄い。だからこそ、似たような表紙がたくさん出てきちゃうんですよね。『86-エイティシックス-』は、あの作品が持っている情報を綺麗に美しく表紙として表現されていて、なおかつあの構図の表紙がこれまでなかったことが肝要なんで。その本質を真似するには、真似をしてはいけないっていう。禅問答みたいですけど(笑)。本気で真似るなら、今までなかったものを作るしかないんですよね。

宇野:作家間でもそういう話は結構するし、周りと違うものを置くってことの大切さも重要ですよね。

三河:そうそう。同じものを置いたら埋もれちゃう。

二丸:とはいえ、なんでもかんでも奇抜にすればいいという話でもないのが難しいところでもあって。リスクの存在という後々の話に繋がる部分でもありますよね。

<4ページ目:「同じことをやらない」ことは「リスクを負う」こと>

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